初日の燕岳は難なく登ったが、常念岳に向かい始めた2日目の昼ごろから頭が痛くなり、夜には咳と痰も出るようになった。翌朝は熱が38・6度に上昇し、呼吸が苦しくなったため、常念診療所(標高2466メートル)を受診。
■高地肺水腫にはカルシウム拮抗薬
酸素吸入などの応急処置をしてもあまり症状が改善しなかったことから、ヘリコプターで信州大学病院に搬送された。
花岡医師は、経過や肺のCT画像などから高地肺水腫と診断。血管を拡張して酸素を取り込みやすくするカルシウム拮抗薬(アダラート)を投与するとともに、4リットルの酸素を吸入させたところ、翌日に熱が下がり、血中の酸素量も徐々に増えていった。5日後にはすっかり回復し、元気に退院した。
花岡医師はこう話す。
「最も大事なのは、平地に下ろして治療すること。高地にとどまったままで酸素や薬の投与をしても、平地並みの治療効果は望めません。ただし中途半端な標高に下ろしてもあまり効果はなく、標高1500メートルの上高地では症状が悪化したという事例もあります」
また高地肺水腫発症者のうち3分の2は、脳がむくんで意識障害などを起こす「高地脳浮腫」を合併していて、より早くステロイド投与などの治療をしないと命にかかわる。
しかし現実には地形や天候の悪化でヘリが着陸できないことも多く、速やかに搬送できるとは限らない。
「北アルプスでは、ここ10年の間に少なくとも3人が高地肺水腫で死亡していますが、いずれも悪天候などで救出が遅れたケースです。頭痛などが現れ始めた軽症の段階で気づいて対処し、重症化させないことが大切です」(花岡医師)
高地肺水腫の患者は、再発が2割を占める。「なりやすい体質があるのでは」といわれてきたが、20~30代男性に多いという特徴はあるものの、中高年にも増えつつあり、絞り込めないままだった。しかし花岡医師はこう話す。
「近年の研究で、発症者には一酸化窒素の合成にかかわる遺伝子に異常をもつ人が多いということがわかり、今後、研究が進むことが期待されています。今の段階では、発症したことのある人は登山をしないこと、どうしても行きたい場合は2500メートル以上の高地に24時間以上とどまらないといった対策をとる必要があるでしょう」
※週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2015』から。医師の所属は当時
(文・熊谷わこ)