

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「クビ」。
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こないだ、新たに弟子入り志願者がきました。春です。春の季語に「弟子入り」はあったか、なかったか。
その弟子入り志願者に「落語家にむいてない、と思ったらすぐ辞めてもらう! ダメなら早く違う道を歩んだほうがいいのだ!」……なんてことを、偉そうに言ってみました。相手は神妙な顔で「……わかりました!」と頭を下げます。そりゃそうだ。「嫌です! 僕は絶対辞めません!」とはなかなか言いづらい。要するに「何時なんどき、クビを宣告されても驚くなよ。そういう世界だからな!」という脅しみたいなもんで……落語家にむいてるかどうかなんて入りたて早々の若者を見てもわかるもんじゃないのがホントのところ。
私はまだ弟子をクビにしたことはありません。私が仕方なく弟子をクビにするのはどんな場合だろう。
『弟子が警察のお世話になったとき』? でも、罪状によるかな。殺人は当然クビ。未遂もNG。寸借詐欺とかセコイのはやだな。知能犯はちゃんと罪を認めて刑に服せば「また戻ってこいよ!」と言うかも。
女性子供老人など自分より弱い者相手に手を上げるのは言語道断。もちろんクビ。酔って酒場で喧嘩……ならまぁ、一晩ブタ箱に入って、先方と折り合いがついてりゃいい。
窃盗。理由と状況によるな。「どうしてもセロリが食べたいのにお金がなくて、無意識の内に店先のセロリをかじってた」……なんてのは許す。「ATMをパワーショベルで根こそぎ持ってった」……みたいなのは、バイタリティーは買いますが残念ながらクビかもな。
『師匠に逆らったとき』。基本的に『師匠に逆らう』なんてあり得ないのだけど、どうしても許せない事情の末……てのはあるかもしれないし、私だって間違うこともあるし。
ただ逆らったあとに、師匠を立てず、シレーッとしてたら「なんかかんじ悪い」のでクビ!