夫:そしてその年の暮れ、僕は静岡へ帰ったんです。彼女も「もう役者はやめたら?」って言ってたし。よくよく考えて、話し合って。
妻:彼の主な収入源はホテルの仕事。でも、有能なアルバイトが虐げられて、仕事のできない正社員が幅を利かせるような職場でね。尊敬していた先輩が理不尽に解雇されたっていう労働問題もあって、彼も相当、つらそうでした。
夫:それで実家の干物屋を継がせてくれって、親に頼んだんです。親は自分の代でつぶすつもりだったみたい。帰ってくるのはいいけど、勤め先を探せって言われました。でも、うちの商品がおいしいことは食べて育ったからよく知ってますし、つぶすなら俺がつぶすから、って押し切った。
妻:とはいえ、ふたを開けてびっくりだったんでしょ。
夫:うまくいってないとは知ってたけど、正直、あそこまでとは(笑)。
妻:私も初めは、ライターなら静岡でもできるかなって思ったんですけど……。
夫:君の仕事は東京のほうが都合がいいからね。
妻:だったら、収入の道をそれぞれ確保して、支え合えればいいじゃないかと。それでも私、やっぱり子どもが欲しくて、不妊治療をしていたんです。体外受精しようと申し込んだら「結婚していなければできません」と。予約の日は決まってるから、慌てて彼に電話して静岡へ飛んで行った。
夫:で、そのまま役所へ。
妻:お互い、結婚という制度にはまったくこだわりはないんですけどね。
――夫の努力が実を結び、赤字経営だった干物店は「自転車操業」ぐらいまでに回復。年に数回、互いが行き来する生活が続いている。
妻:結局、一度は着床した体外受精もうまくいかなくて流産。つらい経験でしたが、それでふっ切れたというか。子どもを持たない人生でいこうと。
夫:今は連休など利用して東京へ来るようにしています。彼女が静岡に来るのは年2回ぐらいかな。
妻:猫がいるから、家を長く空けられないし。でも毎日、スカイプしています。遠距離恋愛みたいだよね。
夫:お互いが今の仕事を続けている間は、一緒には暮らせないと思いますね。でも、大事な人であることに変わりはない。お互い、行けるところまで、自分の仕事でがんばろうねと。
妻:干物の仕事をやめる日が来たら、俺、専業主夫になろうかな、って言ってくれたんですよ。
夫:絶対、俺のほうが家事はうまいと思うもの。
妻:うん。異論はないよ(笑)。
(聞き手・浅野裕見子)
※週刊朝日 2018年4月6日号より抜粋