SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「“A”lways“L”ive“S”oulful」。

*  *  *

 藤元健二が逝ったのは、2017年3月31日のことである。ALSという難病の患者だった。

 最期は胃がん、心臓疾患、肺炎と、三つの病気を併発してあっという間に息を引き取ってしまった。

 藤元は大センセイの高校の同期生だったが、いま思い出してもアホな男だった。

「この三つ(胃がん、心臓疾患、肺炎)に同時に罹患するなんて、すごいと思いますし、ましてや平均余命五年以内のALS患者なわけです。さらっと生きようと思います。それがカッコいいと思いますので」(藤元健二著『閉じこめられた僕』中央公論新社より)

 難病の横綱と言われるALSに重ねて、致死的な病気を三重に患ったことを「カッコいい」と言ってのける神経は、もはやアホとしか言いようがなかった。

 
 ALSという病気は、恐ろしい病気だ。全身の運動神経が侵されていって、首から下が動かなくなってしまう。しかし、知覚神経と自律神経は正常なまま。最後まで動くのは瞼と眼球だが、それすら動かなくなった状態をトータル・ロックトイン・ステート=完全なる閉じ込めといい、意識も感覚も明瞭なまま外部に意思を伝えられなくなってしまう。別名、ガラスの棺。

 大センセイ、小心者であるから、この言葉を知ったとき、自分がそうなってしまったらどうしようと思ってひどい寝汗をかくほど怖かった記憶がある。

 だが、当事者の藤元は徹底的に能天気で、そしてスケベであった。

「ヘルパーさんに入浴前の準備をしてもらっているときだった。

『着替え、これでいいですか?』

 と聞かれたのだが、首をそちらに動かせなかったので、

『下着、何色?』

 と聞いてみた。すると真顔で、

『私ですか?』

 と言われ、噴き出した」

 
 なんでも、藤元は女性のヘルパーさんや看護師さんにえらく人気があって、寝たきりの状態でこうした際どい会話を楽しんでいたらしいのだ。

 ALSという病気の残酷さは、症状だけにあるわけではなかった。

 病状が進行すると、呼吸筋が動かなくなって呼吸ができなくなってしまう。気管に穴をあけて人工呼吸器をつければ長く生きられる可能性があるが、その間、痰の吸引など二四時間の看護が必要になる。

 それは家族に重い負担を強いることでもあるから、信じられないことに、ALS患者の実に七割が人工呼吸器を装着せずに自死を選ぶというのだ。

 藤元はこの不条理と闘った。24時間他人介護の実現を目指して、つまり、家族の手を一切煩わせずに生きる方途を求めて、動かない体で行政と介護時間数の交渉を重ねた。そして、重度訪問介護816時間の獲得に成功したのである。スケベだったけど、同病の患者には希望の星だった。

 
「ALSって病気は残酷で不幸だけれど
ALS患者として生きていくことはかなり幸せかもしれない
Always Live Soulful」

 だが、やっぱり、藤元は最後の最後までアホだった。自著の出版記念パーティーを帝国ホテルでやりたいと言い出したのだ。しかも、有志の人たちが本当に帝国ホテルでパーティーを開催してくれたというのに、本人は欠席しやがった。

 4月7日。藤元が病苦から解放された、わずか一週間後のことだった。

週刊朝日 2018年4月6日号