ばらつき度合いとあわせて、賃金センサスによる生涯賃金の推計では、もう一つ注意しておくべきことがある。この推計値は、その年の賃金カーブが生涯続くものとして計算されている点だ。過去、あまたの例があるが、各産業は常にさまざまな環境変化にさらされている。賃金カーブを上下させるような構造変化が起きた場合は、この推計値では対応できない。
とはいえ、ほかに生涯賃金を知る術がない以上、推計値は一つの目安にはなるだろう。
例えば、最近のサラリーマンは出世志向が低いといわれるが、生涯賃金の推計値を使えば、それを裏付けるかのようなデータも得られるのだ。
大卒男性の昇進モデル別の生涯賃金を比較した(業種は問わず、100人以上の規模に限定)。
それによると、「30歳で係長、40歳で課長、50歳で部長に昇進」という部長モデルの生涯賃金は「約3億2200万円」、「30歳で係長、40歳で課長」で昇進が止まる課長モデルなら「約2億9800万円」、「役職昇進なし」のモデルは「約2億7400万円」となった。部長まで昇進しても、昇進なしの人より1.17倍しか生涯賃金は高くない。責任の重さに比べると、部長モデルの生涯賃金は魅力的とはいえず、これでは出世志向が低くなるのも、むべなるかな、だ。
一連の数字を眺めながら、塚崎教授がしみじみと言う。
「『正社員』という地位を手に入れていれば、そんなに悲惨なことにはならないということを、改めて感じました。サラリーマンはローリスク・ローリターンの人生。大金持ちにはなれないけれど、大貧乏になることもありませんから」
確かに、そうだ。就活に失敗し、「非正規」の生活を送るケースと比べると、よくわかる。時給千円で1日8時間月25日働くとすると、月収は20万円。仮にこの生活を40年間続けると、生涯賃金は9600万円。今回の調査での男性の最下位業種の半分以下だ。
さらに塚崎教授は、「こんな見方もできますよ」と次のように言う。
「60歳までの生涯賃金は減りましたが、今は60歳以降も働き続けることができます。65歳までは大半の人が再雇用で働くし、人によっては65歳超も働くケースがあるでしょう。60歳超の収入を足すと、『時給が下がった分だけ生涯のうちで働く期間は長くなったが、トータルの生涯賃金は昔と変わらない』といったケースが多くなるのではないでしょうか」
なるほど、これぞポジティブ思考。業種間の格差を嘆くより、トータルの収入では同程度であることの有り難みをかみしめよ、ということか。(本誌・首藤由之)
※週刊朝日 2018年3月30日号