13年4月、大きな転機が訪れる。仙台フィルハーモニー管弦楽団のメンバー2人が集会所に慰問に来てバイオリンとチェロによる演奏を披露した。これまでクラシックや楽器の生演奏とは縁遠かった宗像さんには、まるで別世界から響く調べのように聞こえた。目の前を覆っていたものがスーッと晴れていくような感覚を味わった。

「なんていう名前の曲かは思い出せないけど、聴いていて背筋がゾクゾクする感じがしました。自分にはまだまだ知らない世界があるんだ。生きなければ。そう思えたんです」

 同じような思いを抱いた仮設の住民が何人もいた。

「いつか仙台フィルをバックに歌いたいなあ」──。そんな声が上がり、集会所のコンサートを主催した公益財団法人「音楽の力による復興センター・東北」や仙台市が支援に乗り出した。同年10月、仮設住宅や民間の賃貸住宅を借り上げたみなし仮設に身を寄せる60歳以上の被災者を対象に参加を募り、「花は咲く合唱団」が誕生した。

 合唱団の名は震災後に作られた曲「花は咲く」(岩井俊二作詞、菅野よう子作曲)にちなんでいる。「故郷(ふるさと)」と並んで被災地支援の演奏会では定番の一つ。誰もが知っている曲で親しみやすいからだ。

 発足時のメンバーは約40人。合唱経験がある人は数えるほどしかいなかった。宗像さんも未経験者の一人だった。

「アルトとかソプラノとかパートによって歌い方が違うことは知っていても、じゃあどう歌えばいいのか全然わからない。楽譜が読めるわけでもないから、初めのころは譜面より歌詞だけを抜き書きしたところを一生懸命追っていましたね」

 みんなで声を合わせるのが精いっぱい。それでもあたりをはばかることなく大きな声で歌えるのが何より気持ちよかった。生活音や話し声が隣近所に漏れ聞こえてしまう仮設暮らしの不自由さを発散できるのだ。

 共通の目標もできた。14年春に仙台フィルの弦楽アンサンブルと一緒に市内の公共ホールで「花は咲く」を披露することが決まり、練習に一層熱がこもった。

 待ちに待った仙台フィルとの共演。合唱団を指導しているソプラノ歌手の斎藤翠さん(40)は「本番前、みなさんの顔が能面のように固まっていたのを覚えています」と語る。聴衆を前にして歌声を披露した経験が皆無に等しいのだから無理もなかった。

 宗像さんも苦笑まじりに振り返る。

「練習のときは歌い方に神経が行っているから大丈夫なんだけど、本番では歌ううちにいろんな思いがこみ上げてきて声が詰まっちゃった。聴きに来てくれた友人やかつてのご近所さんの顔が見えて、余計に被災直後の記憶がよみがえってきたんです」

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