加藤:私、よく勝っていますけども、負けることも多かったんですね(1324勝1180敗)。後から聞いてわかったことですけれど、私が対局を終えて、自宅に帰って「負けた」と言うと、妻は自分のことのように「次は頑張ろう」と思ったのだそうです。妻が落ち込んでいると私もつらいですけども、「次は頑張ろう」という気持ちを妻が持ち続けてくれたことはありがたいですよね。
林:「素晴らしい」としか言いようがありません。
加藤:あるとき妻から「あなたは棋士なんだから、どんなことがあってもいい将棋を指さなければいけない」と言われたんです。才能はそこそこあるわけだから、「よし、名人になろう」と思って頑張りまして、ついに42歳で名人になったんです。われわれ将棋には棋譜というのがありまして、音楽でいうと……。
林:楽譜ですね。
加藤:名人になったときの棋譜を、その後何回か研究したんですよ。そうしましたら、95%負けている将棋で私が勝ったことに気づきました。
林:そういうことがあるんですね。
加藤;素晴らしい戦い方をして勝ったんだったら、自力で名人になったと言えるでしょうけども、95%負けている将棋、正確に言えば99.9%負けている将棋に勝ったんですから、これは神様のお恵みですよね。神様を信じ、よりすがっておりますと、神様のほうから助けを与えてくださることもあるんですね。
(構成/本誌・直木詩帆)
※週刊朝日 2018年2月16日号より抜粋