「ユマニチュードを取り入れて、日中の身体拘束をできるだけ減らそうとしている病棟もあります。それでも、患者が点滴などを抜いてしまう場合は、医師の協力を得て、その治療が本当に必要かどうか再検討することもあります」

 最後に介護保険施設の取り組みを紹介しよう。先述のとおり、介護保険制度では、身体拘束は禁止されている。だが、拘束ゼロの施設は、厚労省の調査(2014年)では、特別養護老人ホーム、介護付き有料老人ホームで約7割、介護老人保健施設で約6割にとどまる。「入居者全員を拘束している」と答えた施設も97施設あった。

 脳血管研究所併設の老健アルボース(群馬県)は、01年から16年間、「身体拘束ゼロ」を継続する。現場のリーダーが徹底して例外をつくらず、教育研修で職員一人ひとりに「身体拘束はしない」という意識を確立させてきた。

 入所者の家族へのアンケート(回答者23人)では、約7割(16人)が「(過去に病院や他介護施設で)身体拘束を受けたことがあった」と回答。拘束時の様子は、「元気がなくなった」「寝ることが多くなった」「認知症症状が進んだ」「言葉遣いが荒くなった」。その様子を家族は「気になるが仕方ない」(15人)と感じていたという。

 だが、アルボース入所後は「表情が豊かになった」「症状が落ち着いた」「日中、起きていることが多かった」と変化がみられた。

 例えば、ある認知症の男性は、入所前の病院で手足の拘束を受けていた。誤嚥性肺炎の治療による痰の吸引時、男性は状況がつかめず、嫌がって暴力をふるっていた。

 アルボースでも痰の吸引はしている。だが、身体拘束をしないことで普段からスタッフとの信頼関係が構築されているうえ、吸引時は一人が説明しながら手を握っているので、男性は我慢できている。取材時、スタッフが前を通りかかると、無表情だった男性がニッコリほほ笑んだ。

 アルボースの認知症専門棟主任(介護福祉士)の木村聡さんは話す。

「身体拘束をしないことが目標ではありません。一人ひとりの、穏やかで、その方らしい表情を引き出すことをゴールにしています」

週刊朝日 2017年9月22日号