東京都立松沢病院(898床)は齋藤正彦院長着任後、本格的に「身体拘束ゼロ」に取り組む。齋藤院長はこう言う。
「『絶対ダメ』とは言っていません。でも、『人が人を縛るのは尋常ではない』と言い続けています」
研修医には身体拘束を経験させる。「ガリバーのように手足を縛られ、『おしっこはおむつに』と言われ、屈辱だった」など患者のリアルな声は院内で共有している。
12年の身体拘束率は15.3%だったが、現在は公立病院の役割として、対応の困難なケースを引き受けるにもかかわらず、4.9%まで減少した。認知症病棟(77床)は、現在ほぼゼロ。多くても日に1、2人という。
しかも、身体拘束廃止に取り組むことでの骨折は増えていない。患者は院内を歩くが、医師が慎重に薬を処方し、他職種スタッフがしっかり見守ることで転倒リスクを回避している。
齋藤院長は「家族のコミットメントの必要性」を強調する。
「家族もリスクを理解し、拘束をやめることについて、いろいろな側面から病院を支えてほしい」
精神科以外の病床でも、認知症患者には苦労する。入院すると環境が変わるため、落ち着かなくなるからだ。対策として、フランスの介護哲学による「ユマニチュード」という技法に研究で取り組んだ病院もある。
東京都健康長寿医療センター研究所の伊東美緒研究員はこう説明する。
「『ケアする人はどうあるべきか』を軸に、ケア前の3分間の関わりを大切にします。優しさを伝えてから、本題に入るようにします」
この技法では、ケアをする人が「見る・話す・触れる」動作を同時に行うことで、相手に安心感を持ってもらう。例えば、認知症の人が着替えや入浴を嫌がるとき、まず相手の視界に入るよう、正面からゆっくり近づく。目を合わせたら、笑いかけてから話しかけ、自然に手に触れるようにする。相手の気持ちが穏やかになり、「いい人」と認識されたら「着替えましょうか」「お風呂入りましょうか」と話しかける。