経営者や従業員の行動を根本的に左右するといわれる会計制度。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、企業のガバナンスにおける時価会計のメリットを提示する。

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 三井信託銀行で新入行員だった時の独身寮でのこと。週初めに、夕食を寮で食べる日に○、外食する日に×を掲示板の一覧表につけていた。夕食を取る人の数を把握するためだった。

 テニス仲間のユウキさんが最近、「我が家は、夕食を取らない日に○、取る日に×をつけている」と教えてくれた。○×が独身寮と逆。濡れ落ち葉の私も、家内に同じ記録法を要求されそうだ。適切なシステムは時と場合によって変わる。

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 企業のガバナンスを考えたい。

 私は、時価会計(時価で毎期評価替えし、利益と損失を計上する)こそがガバナンス機能を高める最高の手段だと思っている。1990年代の米銀が輝いていた当時にモルガン銀行に勤めていたが、当時の米銀の強さは徹底的な時価会計にあったとさえ思っている。

「え、会計が?」と思う方が多いと思うが、会計制度は経営者や従業員の行動を根本的に左右する。

 米銀は、時価評価額を高めたか否かでトレーダーや経営陣のボーナスを決める。ボーナスの比重が邦銀より大きいため、時価評価の増減が行動基準となる。

 日本では、時価会計は長期的視野に立っていないという識者も多かった。しかし、本当にそうだろうか?

 欧州の某国でかつて、誰もが長短金利の上昇を予想した時期があった。会社や株主の利益を思えば、こうした時は長期国債を低金利(高値)で売り、金利が上昇してから(価格が下がってから)買い戻すのが、利益を稼ぐ望ましい取引だ。

 しかし、当時のモルガン銀行は簿価会計。某国のトレーダーは逆に、長期債(たとえば金利3%)を大量に買った。長期金利より低い金利(たとえば1%)の短期の金で資金調達すれば、その年に限ると2%の利ざやが稼げるからだ。長期国債を買えば買うほど利益が増える。トレーダーは莫大なボーナスを手にして直後に会社を辞めた。

 
 翌年、短期の金利が5%に上昇。会社は5%の資金調達の一方で、3%の長期債運用で2%の逆ざやに。大きな損失を計上した。逆ざやはその後数年続き、会社は莫大な損失を計上した。

 簿価会計だとトレーダーと会社の利害が逆になりうる。時価会計ならば、このトレーダーはボーナスを増やすために長期債を買うのでなく、売ったはずだ。まさにトレーダーと会社の利害が一致する。経営者の意思決定も同じだ。簿価会計だと自分の任期中のことだけを考え、会社の利益と相反する可能性もあるのだ。

 リーマン・ショックからの日本企業の業績や株価の回復が、火元の米国企業よりなぜ遅かったのか? なぜバブル崩壊からの立ち直りに手間取ったのか? 簿価会計だからだと私は思う。簿価会計だと、蓄積された損失が一気に噴き出す。

 時には前任者時代の損失までもが、損切りとともに具現化する。経営者も突然大損失を具現化する勇気が乏しくなり、決断が遅れる。更なる価格下落が予想されても、損失計上を先延ばしにしてしまうのだ。

 一方で、時価会計だとすでに損失が計上されており、損切りを決意しても更なる計上はごく小さい。余計な思惑でなく純粋な価格の方向性で意思決定できる。日本特有の飛ばしなどの不正経理は、したくてもできない。時価会計がガバナンスを高めると考える理由だ。

週刊朝日  2017年9月1日号