作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、安倍昭恵夫人が以前飲食店の経営を始めたころの言動を振り返る。

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 安倍昭恵さんは2012年に居酒屋を開店したときに、夫と銀行からお金を借りたのだという。13年、新潮45のインタビューで、こう話している。

「銀行からお金を借りるのをすごく甘く考えていました。『安倍晋三の家内です』と言ったら『はい、どうぞ』みたいな感じで貸してくれるかなと思ってたんですが(笑)」

 銀行は、昭恵さんに事業計画を求めたという(当たり前)。このとき昭恵さんは慣れない書類仕事をこなし、面接をし、「いろいろな手続きをしなくてはお金って借りられないんだな、と初めて知りました」そうだ。まぁ、常識がなくても生きていける階級に昭恵さんはいたのだろうし、実際「安倍晋三の家内です」と言えば簡単に開く扉を、いくつも通ってきたのだろう。その結果が、今回のアッキード事件だ。

 昭恵さんは「主人からも借金をしている」と言っている。そのことが、あとからじわじわと気になっている。いくら借りたか、または本当なのかすら分からないが、少なくとも「安倍晋三の家内」が名刺だった昭恵さんは、本当の意味で自分一人で決断し、自由に動かせるお金を持ったことがなかったのは事実だろう。インタビューでは昭恵さんが夫に「仕事したい、店をやりたい」と告げる日のことが、なまなましく描かれている。

「河口湖に行って、たまたま二人きりになるときがあったので『ちょっと今晩、重要な話があるんだけど』と言ってみました」

 この夫婦が日常生活では「二人きり」になることがあまりないのが伝わってくる。夜になって妻が真剣な顔で「ちょっと座ってくれないかな」と夫に言うと、普段、そんな会話などない夫がドキドキしているのが伝わったという。それはエロス的なドキドキではもちろんなく、「妻がどんな話をするのか全く予想がつかない」怖さだったようだ。

 
 昭恵さんの存在によって暴かれつつある安倍政権の「権力」の正体について考えさせられる。自分で決断することも、自分でお金を稼ぐことも、自分で政治について語る言葉を持つこともできない立場に女を追いやり、「妻」として管理し、エロスもなく(多分)、会話もなく(多分)、だけど都合良く最大限に活用してきた男性政治家たちは、「来るべき時が来た」と、どこかで思っているのではないか。「店をやりたいんだけど」と妻が告げた河口湖の夜の安倍首相の怯えた顔を、私はどこかで確かに見たことがあるような気がしてならないのだ。それは、政治家に限らず、「女とはそういうもの」と、女をあらゆる場所から排除してきた男たちが潜在的に抱えている恐怖ではないだろうか。昭恵と晋三夫婦像は、この国で、決して特殊な例ではない。

 それにしても昭恵さんの言葉は、何を読んでも、かなり空虚だ。年季の入った空虚ほど、闇が深く破壊力のあるものはない。この破壊力をもって安倍政権を倒せるよう、私は「祈ります」。

週刊朝日  2017年4月28日号