コンプリート・ジンジャーブレッド・ボーイ
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名盤がステレオ収録でコンプリート化、ベースはリチャード・デイヴィス
Complete Gingerbread Boy (One And One)

 同じ音源がAとBから出ることをバッティングというが、よほどのマニアでないかぎり、「なんだ、前に出たのと同じか」と軽く扱われることが多い。たしかにたんなる焼き直しに近いバッティング物が大半を占めるが、なかには同じ音源ながら微妙に、ときには大きく異なることもある。後者の代表がステレオとモノラルの違いで、この66年ポートランドにおけるライヴは、これまで何度となく再発されてきたにもかかわらず、ソー・ホワット盤がステレオ、メガ・ディスク盤がモノラルと、厳密にいえば2種類の音源が出回っていた。そこで「なんとか統一しましょう」と立ち上がったのが新興ワン&ワン・レーベルで、その結果、日の目を見たのがこのステレオにして完全版という2枚組。うーん、これで妙な残尿感もなくなり、じつにスッキリしました。

 最大の注目は、ベースがいつものロン・カーターではなくリチャード・デイヴィスであること。これは珍しい。ちなみにロンはマイルスのスケジュールがなかなか決まらないときはアルバイトを優先させるという、じつに見上げた根性の持ち主(特にギャラがマイルスよりいい場合は即決していたとか)。もっとも一夜限りのライヴに関してはベーシストは誰でもよかったらしく、ロンにしてみれば当然の選択、一方のマイルスにとっても重要な問題ではなかったのかもしれない。たしかにハービー・ハンコックやトニー・ウイリアムスが欠席となれば重大事だが、そう考えればロンの心情も理解できないではない。いいかえればロン以外のベーシストも同様の重みしかなく、この日のライヴにしてもリチャード・デイヴィスである必然性はまったく感じられない。同様の例は、アルバート・スティンソンが参加した『マイルス・アット・バークリー』(聴けV8:P248)でも指摘できる。なおロンが不参加のときは、マーシャル・ホーキンス、バスター・ウイリアムス、ゲイリー・ピーコック、エディ・ゴメス、またロンからデイヴ・ホランドへの移行期にはミロスラフ・ヴィトウスらが代役をつとめていた。

 というわけでこのライヴ、2枚組でCD化された時点で初登場となった「6」と「8」がロン不在以上に注目すべきポイント。前者はアドリブ・パートに入ってからの展開がすばらしい。後者はトニーが大暴れ、マイルスもソロを途中で何度か休んでトニーに好きなように叩かせている。なお会場は長くポートランド州立大学とされていたが、大学近くのオリエンタル・シアターだったことが判明した。

【収録曲一覧】
1 Introduction-Autumn Leaves
2 Agitation
3 Stella By Starlight
4 Gingerbread Boy
5 No Blues
6 All Blues
7 Who Can I Turn To
8 So What-The Theme
9 My Funny Valentine
(2 cd)

Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p) Richard Davis (b) Tony Williams (ds)

1966/5/21 (Portland)

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