落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「温泉」。
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大人のくせに熱いお湯が苦手だ。敏感肌。温泉に行っても、たいがい湯の温度に我慢できず、3分もつかっていられれば御の字という体たらくである。
湯船の縁に胡坐(あぐら)をかいている時間が長く、なんかもったいない。湯船につかっている人たちの目線の高さに、私のまたぐらがあるのもなんか申し訳ないし。
我が子のほうが熱さに強く、
「なんで入んないのー?」
と言いながら、尻をプカプカ浮かせている。「熱いのダメなんだよ!!」と打ち明けるのも悔しいので、「温泉監視員だ!!」と取り繕う。
「へへーん。ここまでおいでー。ぷー」
と言いながら、長男と次男の二つの尻が対岸へ流れていくが、熱いので追いかけられない。親父の威厳が薄っぺらなことこの上ない。
無理して入って、身体をのばしたり開いたりすると、熱い湯が隅々まで染みてくる。“体育座り”をしながら、石になったつもりで、ひたすら耐えるのみ。
そこまでして温泉に行かなくてもいいじゃないか?と思うかもしれない。でも温泉は好きなのだ。一日中浴衣を着て、ゴロゴロして、飲んだり食ったり、3分だけお湯につかったり。熱いお湯がネック……。
実は知人の紹介で、めちゃくちゃ「ぬるい温泉」を見つけた。「ここはぬるいよ~」と言われたが、温泉のオススメ文句としてはいかがなものか。
新潟の山あいにひっそりと佇む某温泉。湯の温度がだいたい37~38度。体温よりちょっと温かいくらい。入ってみるとこれが滅法ぬるい! 体温ってこんなにぬるいのか!!
ぬるいのを承知で入ったのに「なにこれ、ぬるっ!?」と口にしてしまうくらいのぬるさ。熱いのが嫌いな私も「ちょっと追い焚きしてもいーんじゃない?」と思う。勝手だね。
でも、これがずーっと入っていられる。30分は楽勝だ。熱いお湯もあるので、仕上げに3分も入るとますます効果的だ。
「いやいや、これがいいんだよ。素人め……」
何食わぬ顔でぬるい湯につかり続ける。ぬるすぎて寝てしまった。軽く1時間。露天もちょいぬる。30分ずつ入り分ける。
胎児に戻ったような心持ちでプカプカ浮く。人肌だから羊水も同じくらいの温度だろうか。
そうか、胎児は生まれる前からこんなに気持ちいいものにつかってるのか。悔しいな。たいした稼ぎもないくせにいいお湯につかって、へその緒から上げ膳据え膳で栄養をもらって。
こんないい所から無理に引っ張り出されたら、そら泣くわな。これから世間の荒波に揉まれると思ったらつらかろう。赤ちゃんは大変だな。温泉から出てもビールも飲めない。大人は「つらい」とか言いながら、ビールが飲める。いつも頑張ってるご褒美に神様が大人に与えたのがビールなんだ。そうだ! 上がってビールを飲もう……。
そんな思考を経由して、ようやく上がることのできる、それだけずーっと入っていたい、ぬるい温泉。
ビールがなければ危うく胎児になるところだった。
※週刊朝日 2017年2月3日号