イギリスのEU離脱やドナルド・トランプ氏の次期大統領決定など、様々な変革が起きた2016年。“力による荒っぽい時代”になりそうだと予測するジャーナリストの田原総一朗は、生命をかけて民主主義の重要さを訴えると宣言する。
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12月21日、新たに米大統領となるトランプ氏は、対中強硬派といわれるピーター・ナバロ氏を新設する国家通商会議の議長に指名した。ナバロ氏はカリフォルニア大学の教授だが、2012年に「デス・バイ・チャイナ」(中国による死)というドキュメンタリー映画を制作した。中国からの輸出で米国経済は死に至る、というのだ。ナバロ氏については、ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン氏も「まったく見当はずれだ」と酷評しているが、トランプ氏はその過激さが気に入ったようだ。
翌22日、トランプ氏は「米国は核戦力を大幅に強化、拡大しなければならない」とツイッターに投稿した。23日にテレビのインタビューで真意を尋ねられたトランプ氏は「軍拡競争をしよう。我々はやつらに勝って、やつらより長く続ける」と述べた。それに対し、プーチン氏は23日の記者会見で、「米軍が世界最強であることを争う気はない」と、軍拡競争を否定している。
中国にもロシアにも、トランプ氏は強硬なのだ。オバマ大統領は軍縮と法による世界平和を提唱していたが、トランプ氏は「力による平和」を主張している。
米国だけではない。英国は国民投票でEU離脱を決めた。フランスでも離脱を求める声は強く、オランド大統領は4~5月の大統領選に不出馬を表明。最右翼であるルペン氏の国民戦線と、中道・右派陣営の統一候補フィヨン氏の戦いになるとみられている。イタリアも国民投票に失敗して首相のレンツィ氏が辞任に追い込まれ、オランダでも右翼の自由党が勢力を拡大しているようだ。オーストリアの大統領選では何とか緑の党の候補が勝ったが、右翼の自由党の候補がきわどいところまで追いすがった。今年秋のドイツの総選挙で、果たしてメルケル首相が4選できるかどうか。世界中が荒っぽい年になりそうである。
だがフランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、ソ連崩壊こそが現在の大混乱のきっかけだと指摘する。
ピケティ氏は第1次、第2次世界大戦が格差のない、平等な世界をつくったという。多くの人間たちを戦争に動員するため、平等な社会をつくらざるを得なかったというのだ。東西冷戦の時代になると、西側諸国の政治家や経営者たちは共産主義への不安を抱き、労働者や労働組合を大事にした。だからあまり格差は生じなかったというのである。
だがソ連が崩壊すると、政治家も経営者も安心して競争至上主義、いわば新自由主義を導入し、ヒト・モノ・カネが国境を越えるようになった。グローバリゼーションである。その破綻が米国でも欧州でも明らかになった。そのために国民は追い詰められているのだ。
民主主義とは多数決ではなく、自分と異なる意見を認めること、少数意見も尊重することである。だが、米国でも欧州でもゆとりがなくなり、「力による平和」などという言葉が登場している。力による荒っぽい時代になりそうだ。今年こそ、生命をかけて民主主義の重要さを訴えなくてはならない、と考えている。
※週刊朝日 2017年1月20日号