今年は夏目漱石が亡くなって100年。『坊っちゃん』『吾輩は猫である』と、今も色あせない作品の数々は各方面にファンが多い。漱石に関する著作もある明治大学文学部教授の齋藤孝氏に、漱石の魅力を語ってもらった。
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以前『坊っちゃん』を小学生の子どもたちと一緒に1日で音読破しました。血の通った日本語がつづられているのでいいですね。テンポがよく心理描写も優れています。
私は漱石のほとんどの作品を高校時代に読みました。専門の教育学の立場から見れば、漱石が作品を通して日本人の生き方を教育したのだと思います。だからこそいまだに国民的作家としてよく読まれているんです。
とくに素晴らしいのが講演録「私の個人主義」と『漱石書簡集』です。「私の個人主義」は日本人みんなが読めばいいと思っています。
学生相手の講演の中で、自分のつるはしがガチリと鉱脈に当たる感覚について述べています。苦しんでいたロンドンの下宿で自己本位という言葉を発見し、英国人が何かを言っているからというのではなく、自身の文学論を打ち立てようと思ったんですね。自己本位という言葉で覚悟を決めたおかげで、漱石の作品を今読むことができるんです。自己本位とは他人に対する気づかいではなく、自分のやりたいことから出発して目的を作っていくことです。『書簡集』のほうで有名なのは「牛になる事はどうしても必要です」という言葉。芥川龍之介宛ての手紙にこの言葉を使っています。大正5年、芥川が大学を卒業し漱石が亡くなる年です。
むやみにあせるなという意味で、「牛のようにずうずうしく進んで行くのが大事です」と言っています。私はこの言葉が好きで『夏目漱石の人生論 牛のようにずんずん進め』を出版しました。
本当に真面目だったら牛のように進みなさい、そういう真面目さに世の中は頭を下げるのですということです。
漱石の人生の柱となるのが「真面目」という言葉だと思います。真面目という言葉は、与えられた課題をこなすだけでなく、未知のものを自力で切り開いて、ずんずん前へ前へと進むことだと思います。
漱石は弟子に対してたくさん手紙を書き、励まし続けています。どこまでも漱石は先生なのです。ひとりひとりに対して気づかいもあり、誠意があります。『漱石書簡集』は漱石という人間そのものが作品となっています。明治という時代の覚悟がつづられ、それは漱石の覚悟でもあります。漱石がこれほどの志と覚悟をもってやっていたことに触れると、他の作品の見方も変わるのではないかと思います。
※週刊朝日 2016年12月30日号