ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌新連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、マツコ・デラックスさんを取り上げる。
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マツコさん。いったい全体何がどうしてこんなことになってしまったのか、お互いそんな話をしても酒が不味くなるだけなのでしませんが、せっかくの機会なので、この不毛な理詰めに挑戦してみようと思います。マツコさん/何がそんなに/デラックス?
あくまで世間の「飛び道具」として存在していたはずのオカマ(今で言うところのオネエ)が、今や「当たり前になった」などと、あたかも携帯電話の普及みたいな形容をされるようになり久しいわけですが、とりわけマツコさんに注がれる世の視線を目の当たりにするたび、「みんな、物珍しさで覗いていたはずの裏道を、いつの間にか表通りのセンターラインだと錯覚してしまっているのでは……」という不安に駆られます。だって、嵐と綾瀬はるかの間に、あの巨体がデンと置かれていたら、普通もっと驚くはずでしょう?
オカマの商売相手と言えば、今も昔も女性です。彼女たちから見て私らは、同性にも異性にもなれる上に、「安心安全、でも刺激的」という商品価値があります。一方で男性市場においては、「同性としての共感・憧れ」か「異性としてのエロ」の対象にならない限り、彼らの需要を得ることは難しい。
そんな、オカマ稼業が直面してきた男社会の壁をマツコさんは、その感性と語彙力と見た目で打ち破りました。そう。マツコ・デラックスは、男にとって「憧れのヒーロー」になり得た初めてのオカマなのです。大丈夫か? 世の男たち。
長年接してきて、私がいつも感心させられるのは、彼女の「男社会力(りょく)」の高さと「母性」の強さです。それらを、彼女ならではのバランスで打ち出しながら、半笑いを浮かべてくる世間に対し、決して値踏みや軽視はさせまいと戦う姿を、幾度となく見てきました。世の中はいまだ「男社会」の価値観のもと動いています。それは芸能界とて同じ。男女差別を嫌う彼女のことですから、恐らくこれを読んだら、普段の20倍ぐらいの声量で否定してくると思いますが、現在のマツコ・デラックスという存在は、彼女自身の「男社会力」を武器に確立されたものであり、裏を返せば、根強い男社会の磐石ぶりを、皮肉にも立証してしまっていると言えるのかもしれません。
良くも悪くも、男たちの欲とプライドを駆り立てさえすれば、たいていの物事は進むのだと、私はマツコさんを通して学んだ気がします。あと、金になるのは一過性のエロよりも、断続的な母性だということも。
余談ですが、最近マツコさんとキョンキョンが、どちらともなく似ている気がしてならないのは気のせいでしょうか。ご承知の通り小泉今日子は、史上最強の「男社会力」を持った女性アイドルです。ふたりとも「5年後の自分の顔」を作るような化粧をする辺りが巧妙で、しかもその方向性がかなり近くて面白い。まるで「ケバさは内に秘めろ!」とでも言われている気分になりますが、おふたりみたいな涼しい顔ができる領域に達するには、あと5千人ぐらい男を知らないと無理かも、です。
※週刊朝日 2016年7月15日号