安保法制を押し進める安倍首相だが、ジャーナリストの田原総一朗氏は「中国の脅威」を理由にするのは危険だとこういう。

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 8月6日の広島での平和記念式典に参加して、何人もの原爆被爆者たちと話をした。誰もが、被爆者たちが年を取り、どんどん少なくなっていることに強い不安を抱いていた。

 被爆者たちは、原爆による悲惨な結果を生じさせた戦争には絶対に反対であり、また残酷な核爆弾を投じたアメリカの責任を強く追及している。だが、被爆者が少なくなることで、原爆の悲惨さ、そして原爆投下に至った戦争に、身をもって「否」と言える人間が少なくなり、「戦争は否」の叫びが希薄になるのではないか、と心配しているのである。被爆者だけではなく、広島市民の多くがそのことを危惧している。

 この日、安倍晋三首相は被爆者7団体の代表たちとの会議に出席した。そして、代表たちが「安保関連法案を実施に踏み切ると、日本は戦争に巻き込まれる恐れがある。だから、撤回すべきだ」と訴えると、「安保法制は国民の命と平和な暮らしを守るために、戦争を抑止する法制だ」と答えた。代表たちは、誰も納得していなかった。

 私は「抑止」という言葉に少なからぬ違和感を覚えた。なぜ、この時期に戦争を「抑止」する法案を提案しなくてはならなかったのか。戦後70年間、「抑止」のための法制がなかったにもかかわらず、日本が一度も戦争に巻き込まれなかったことは、どのようにとらえればよいのか。

 安倍内閣は、安保関連法案を閣議決定したのは、我が国を取り巻く国際情勢が大きく変わり、緊張度が高まっているためだと強調している。7月27日から参議院での審議が始まると、安倍首相は「中国の脅威」という表現を使いだした。衆議院の審議では一切口にしなかったにもかかわらずである。

 
 確かに、中国は南シナ海のスプラトリー諸島で七つの岩礁を埋め立てて軍事施設などの建設を進めており、そのためフィリピンやベトナムなど周辺国との緊張度が高まっている。そしてアメリカのオバマ大統領も、こうした中国の力による現状変更に強い警告を発している。

 中国の現状変更は、南シナ海だけではなく東シナ海の日中中間線付近でも起きている。中国は、東シナ海の日中中間線からほんの少し中国側に入ったところで、新たなガス田開発を急速に拡大させ、関連施設(海洋プラットホーム)を次々に建造していたのだ。この2年間に12カ所が開発され、それ以前の建造と合わせると16カ所になるようだ。

 この東シナ海のガス田開発について、政府はこれまで発表を伏せていた。繰り返しになるが、南シナ海における中国の脅威についても、安倍首相は参議院の審議になるまで、そのことを表明しなかった。あるいは、日中関係が悪化するのを恐れて中国を名指しするのを避けていたのかもしれない。

 とすると、これは安倍内閣の対中戦略が変わったということなのだろうか。対中戦略を変えるためには日米の戦略会議が必要だが、そのようなことが行われた事実はない。

 あるいは、安保関連法案があまりにも評判が悪いので、リアリティーを帯びさせるために「中国の脅威」を表明したのかもしれない。しかし、だとすると、言葉に引っ張られて中国との対立が抜き差しならなくなりはしないか。安倍内閣にはそんな危うさを感じてならない。広島の被爆者たちも、そのことを危惧しているのである。

週刊朝日  2015年8月28日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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