イスラム国は当初、2億ドル(約235億円)の身代金を要求したものの、日本政府が応じないとわかると、湯川さんを殺害したとする写真を公開。その後、後藤さんとサジダ・リシャウィ死刑囚の交換を要求したが、期限から3日が過ぎ、後藤さんは帰らぬ人となった。
卑劣な脅迫を繰り返すテロ集団の本当の狙いは何なのか。
軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏がこう言う。
「最初は後藤さんの奥さんに裏で20億円の身代金を要求するなどカネが目的だった。しかし、とれないと知り、さらに脅しをかけるため、湯川さんを殺害したとみられる。残った後藤さんをどう利用しようかと考えた。そこで、ヨルダンに収監中のリシャウィ死刑囚の釈放を要求してきたわけですが、なぜ彼女だったのかは、よくわからない。兵士たちの士気の高揚が目的ではないかと言われていますが、彼女は彼らにとって象徴的な存在ではありません」
日本女子大学の臼杵陽教授(中東現代史)はその目的をこう解説する。
「ヨルダンの体制を不安定化させて、地域で勢力を拡大する方向を目指しているのだと思います。これまでもイスラム国はシリアの内戦やイラク内の宗派対立に乗じて、支配エリアを広げてきました。有力部族出身のパイロットを人質にとることで、ヨルダン王政に対して、部族レベルの反発をあおりたいのでしょう。これまでのケースとは異なり、日本など欧米以外の国に対して人質の殺害脅迫をしかけてきた理由は、イスラム国が追い込まれているからではないでしょうか」
イスラム国は2011年に始まったシリア内戦に乗じて勢力を拡大。14年に入ってからは破竹の勢いで、イラクとシリアの拠点都市を制圧。同年6月、“国家”としての樹立を宣言した。
「イスラム国のバグダディを頂点としたピラミッド組織は、フセイン政権の元中堅幹部らが中心となっています。高い軍事力と組織力を持ち、多くの戦車、自走砲、装甲車を所有。機動力に優れており、周辺諸国と比べても遜色ない力を持っている」(前出の黒井氏)
そんなイスラム国に対してアメリカは昨年8月、空爆を開始し、国連で有志連合の結成を呼びかけた。
有志連合は今もイスラム国の支配地域にある油田施設の破壊を続け、彼らの資金源を断つことに成功。1月26日にはクルド人民兵組織がシリア北部の要衝、アインアルアラブを奪還した。
敗走したイスラム国は統治力を下げているとの見方が強い。中東調査会の上席研究員、高岡豊氏はこう分析する。
「勢力の拡大が止まっている状況では、資金が枯渇し、生活が荒れ果てていく。新たに略奪する場所を見つけ続けないかぎり、組織は成り立たないのでは」
厳しい状況の下、新たな“カモ”として目をつけられたのが、日本だったようだ。日本赤十字看護大学の小池政行教授(国際人道法)はこう見解を述べる。
「交渉がこれだけ行き詰まると、イスラム国内部で意見対立も出ているでしょう。『殺してしまえ』というグループと、実を取りたいグループに分かれ、現場が混乱している可能性があるが、大きな視点に立てば、自分たちの存在を世界に示すという目的は共通している。日本とヨルダンを動かし、トルコを仲介役に引き出したことで、自分たちが中東のパワーゲームで一定の力を持っているんだと誇示することには、成功しました」
(本誌取材班=古田真梨子、上田耕司、福田雄一、永野原梨香)
※週刊朝日 2015年2月13日号