小説家・戌井昭人氏がお正月につきものの「おみくじ」について、こんなエピソードを披露する。
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お正月は、おみくじを引きましたか? わたしは、おみくじが中に入っている煎餅を食べました。出てきたのは「大吉」でした。でも、あまり嬉しくありません。神社やお寺ではなく、煎餅のおみくじというのは、まったくありがたみがないのです。
子供のころは、おみくじを引くのが大好きで、その結果に一喜一憂していました。「凶」が出た日には、一ヶ月くらい、自分は大丈夫なのかと悩んで過ごし、生きた心地がしませんでした。
十年くらい前の正月、浅草で友達と酒を飲み、帰りにおみくじを引きました。わたしは「吉」だったのですが、友達は「凶」でした。この友達、「凶なんてイヤだ。もう一回やる」と、ふたたびおみくじを引きました。また「凶」でした。「どうなってんだよ」と、もう一度引きます。「凶」、もう一回、「凶」。
四回続けて「凶」でした。しまいには、「ふざけんなよ」と、浅草寺の柱を蹴ったのです。
わたしは「ダメだよそんなことしちゃ。馬鹿野郎、罰当たるぞ」と言いました。「罰なんて関係ねえよ。四回も凶を出しやがって」と言う友達は、お寺の階段を下りようとしたとき、段を踏み外し、そのまま真下に落下していきました。そして石畳に頭を打つ鈍い音が響きました。
境内で仰向けに倒れた彼の頭からは、大量の血が流れていました。これはまずいと思い、すぐに救急車を呼びました。
救急車を待っている間に野次馬が集まってきて、犬を連れたおじさんが、「だいじょうぶか」と心配してくれ、出血をおさえるため大量のティッシュペーパーをくれました。
しかし犬がやたらと興奮しはじめ、石畳に広がる血を舐めはじめたのです。犬の本性なのでしょうか、とても恐ろしい光景でした。おじさんは、「こら! なにやってんだ」と怒りながら犬を引っ張り、顔面蒼白になって、どこかへ行ってしまいました。
救急車がやってきて、わたしはタクシーで追いかけました。
一時間後、頭に包帯ぐるぐる巻きの友達が出てきました。十何針縫ったそうです。
お医者さんに、「どうして、こんなことになったのですか?」と訊かれたので「浅草寺の階段から落ちたのです」と答えたそうです。「酔っ払ってたんですね」「酔っ払っていたというか、おみくじで立て続けに凶が四回出たんです」「ああ、そうですか」、お医者さんは、カルテに「凶、四回」と書いていたそうです。
もう一度、浅草寺に戻り、友達に柱を蹴ったお詫びをさせました。そして「もう一度、おみくじ引いてみたら」と言うと、「ああ、やってみよう」とおみくじを引いた友達でしたが「凶」でした。
翌朝、友達の頭は、火星人みたいに膨れ上がっていました。
それ以来、わたしは、「凶」が出るとイヤなので、神社やお寺で、おみくじを引かないようにしています。
※週刊朝日 2015年2月6日号