8年かかった著作で、ジェイクは、たいへんなこんの詰め方をした。なにしろ、本は、思想をローマ共和政の政治家マルクス・トゥッリウス・キケロまで遡って著述しているのだ。
キケロの書物は、ラテン語の文献を英語に対訳したものを参照にしながら調べたという。
「キケロの章を書くのには1年かかった。体の具合が悪くなり、ドクターストップもかかった。こんなにこんを詰めて仕事をしてはいけない、と」
ジェイクは、思想的には左派だったので、ハイエクやフリードマンには批判的だった。そのこともあって、この本はアメリカの市場ではうけいれられなかったのだろう。
がっかりするジェイクに、「でも、今日の中国の全体主義的政府が、なぜ市場開放政策をとるのかということまで謎解きをするこの本はとても面白かった」というと、多少気をとりなおしたように、次の本のアイデアを話してくれた。それは、来日した翌日、後楽園の庭園を散策していたときに、ふっとおりてきたのだという。『帳簿の世界史』の中で登場するコルベールを主題とするものだった。乗った地下鉄でスマホにすぐメモをとり、それを企画書にして、エージェントにおくったばかりだ、という。
作家は、書き続けることで、生きていくのだ。
下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。
※週刊朝日 2023年2月24日号