ジェイコブ・ソール。手にしているのは、くだんの『FREE
ジェイコブ・ソール。手にしているのは、くだんの『FREE MARKET The History of an Idea』。 日本では作品社から刊行されることになった。

 著者遠方より来る。また楽しからずや。

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 コロナが全世界的にあけて、この3年間、メールでのやりとりだけだったかつての私の著者たちが、日本に来るようになった。

 日本では2015年4月に出た『帳簿の世界史』の著者ジェイコブ・ソールが12月に米国から新著をもって訪ねてきてくれた。8年をかけて書き上げた『FREE MARKET The History of an Idea』がそれだ。前著は単行本と文庫をあわせて、6万部ほど売れている。

『帳簿の世界史』は、会計を軸に世界史をみていくというユニークな試みだった。

 初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代からリーマンショックまでを会計の進化でみてみるというもので、日本でもおおいに話題になり、そのままコンセプトをぱくった本が日本人の著者によって某新聞社系出版社から出されたりした。

 複式簿記の発明によって、初めて政権の手腕を人々が診断できるようになった、という見立てをジェイク(ジェイコブなのでそう呼んでいる)は、その本で披露した。政権と会計責任者はつねに緊張関係にあったことを、フランス王朝の絶頂期を築いたルイ14世の財務総監ジャン=バティスト・コルベールの複式簿記の帳簿の話から始めるこの本はジェイクの出世作と言っていい。

 それから8年後に出される本のことを、コロナの前に来日したときから聞いていたのでとても楽しみにしていた。

 こんどは同じ手法で、市場原理主義の思想の系譜をたどっていく、という。その本が9月にアメリカで出版されたので、コロナのあけた今、わざわざ届けにきてくれた、というわけだった。

 が、ジェイクはうかない顔をしていた。日比谷のペニンシュラホテルの朝食を奢ってくれたのだが、開口一番こんなことを言った。

「ニューヨーク・タイムズと、ウォール・ストリート・ジャーナルに酷い書評が出て、本は売れていない。とくにニューヨーク・タイムズが酷い。英国のフィナンシャル・タイムズや、ガーディアンは好意的なレビューだったのに、タイムズの評者は、注の些細なミスを冒頭であげつらって、この本を買うな、と言ったんだ!」

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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