「かみ合わせの異常を少し調整するだけで、事故後のつらさが一気に改善するなんて、本当に驚きました」
そう振り返るのは、名古屋市の冨田慈(めぐみ)さん(38)だ。
2004年10月、冨田さんは車で信号待ちの停車中、アクセルとブレーキを踏み間違えた後続車に追突された。骨折などの外傷はなかったものの衝撃が大きかったため、その日のうちに整形外科を受診。首のエックス線撮影と冷却の処置などを受けて帰宅した。
「ところが翌日、口が開けづらくなっていることに気づいたんです。3日後には指2本程度しか開かなくなり、痛くて食事も普通には取れなくなりました」
整形外科では異常が見つからなかったが、頭痛や顎(がく)関節痛も続く。事故から20日後、別の病院でMRIを撮ってみたが、やはり異常は見つからない。しかし実際に、口を大きく開こうとすると顎関節に痛みが走り、ガクガクと音がする。腕や首も痛みが続いていたが、大学病院に通っても症状は改善しなかった。
そんな冨田さんが事故から7カ月後に知人の紹介でたどりついたのが、愛知県にある日本生体咬合研究所の所長で歯科医師の中村昭二氏だった。
精密な検査の結果、後部からの強い衝撃に伴う「外傷性下顎骨変位障害」と診断され、かみ合わせ治療を受けた。すると、
「痛くて上がらなかった腕がすっと上がり、回らなかった首が回るようになったんです」(冨田さん)
東京歯科大学の客員准教授でもある中村氏は、日本歯科鞭(むち)打ち症研究会の会長で、日本頭痛学会の指導医の資格も持つ。
中村氏によると、交通事故やスポーツ事故などで衝撃を受けた後に、顎(あご)の痛みや開口障害、かみ合わせの違和感、頭痛や腰痛などを訴える場合、かみ合わせ障害が生じている可能性が考えられる。現状では事故でそのような症状があっても、多くの人は医科領域だけで「外傷性頸椎(けいつい)症」(いわゆる鞭打ち症)などと診断される。だが、歯科領域の治療で事故に伴う歯や顎の微妙なずれ、かみ合わせの異常をただせば、症状を改善できることも多いのだという。実際に、中村氏は客観的資料を基に多くの患者を治療してきたそうだ。
整形外科医である市橋クリニック(兵庫県)の市橋研一氏もこう指摘する。
「整形外科で改善しない患者が、歯科でかみ合わせの治療を受けてよくなったケースは実際に多々あります。医師は頸椎だけ診てしまいがちですが、歯科や耳鼻科、眼科などを合わせた頭頸部外科という総合医療の概念をもつことが必要です。脳脊髄液減少症と診断された患者の中にも、かみ合わせが原因の方がいるのではと疑っているところです」
(ジャーナリスト・柳原三佳)
※週刊朝日 2014年10月3日号より抜粋