ジャズシンガーの綾戸智恵さん(56)は、2004年に脳梗塞で倒れ、のちに認知症となった母ユヅルさん(88)を10年介護している。
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私、母のお葬式が楽しみです。どんなふうにしようかと練ってます。夢に見るときもあります。そんなこと言ったら驚かれますか?
でもね、10年近くも介護してると、母との別れの準備は十分にできてる。母が死んだらどうしよう、というのはもうないです。そりゃ、泣くことは泣きまっせ。母が去ってゆくことの悲しみに対してはね。でも、終わったなあという満足感があると思う。きれい事は言えない性分なんですわ。
この間、ヒールにカビが生えているのを見つけて、10年という時間を感じました。おばあちゃん(綾戸さんは母をこう呼ぶ)の介護で、ヒールを履くような服を着るチャンスがなくて、靴箱に長いこと眠っとったんですよ。もし介護が1年やったら、カビなんて生えへんかった。海外でCDを作れたかもしれんし、再婚できたかもしれん(笑)。
1年で終わったほうがよかったなと思うときもあるけど、10年介護したからこそ感じられる喜びもある。
私には22歳になる息子がいます。私がおばあちゃんの世話をする姿を見せることだけが、息子への教育です。介護で入学式も参観日も行けなかった。あの子が入試の時期に、先生から「お母さん、もうちょっと見てあげてください」と言われたんです。そのとき私は息子にこう言いました。
「あんたがお母さんの介護を手伝って高校落ちたら、親孝行してたからっていう理由があるやんか。でも親の面倒もみんと、高校落ちてみ。親不孝やわ、進学できんわで最低やで」
いまとなっては、よその家族では考えられないことを言ったと思う。あのときは必死でした。でも、あの子、友だちや近所の人に助けてもらいながら、無事高校にも受かりました。世の中生きるの、上手になりました。ええ子ですわ。
※週刊朝日 2013年12月6日号