10月8日に起きた女子高生ストーカー殺人など痛ましい事件が後を絶たない。早稲田大学国際教養学部の池田清彦教授は、12年前の大教大付属池田小児童殺傷事件や5年前の秋葉原通り魔事件をはじめ、これらの事件にはとある共通点があるという。
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東京都三鷹市の女子高生が、フェイスブックを通じて知り合った男にストーカーされたあげく、刺殺されるという痛ましい事件が起きた。犯人は復讐を口にしていたという。恋心が憎悪に反転した時に、かくも狂暴になる人が現れるのはなぜなのだろう。
このすぐ後で、埼玉県川口市でトラックが民家に突入し、家の住人が切りつけられるという不可解な事件も起きた。犯人は勤務先に退職願を出し、自分の住むアパートに放火をして、最後は首吊り自殺を画(はか)ったところを近所の人に取り押さえられたという。
背景も動機も全く異なるであろう二つの事件に共通するのは、他人を道連れの破滅衝動だ。典型的なアモク・シンドロームである。「アモク」とはマレー語で、愛やお金や面目を失った孤独な人が時に起こす錯乱した殺人騒ぎのことだ。私がこの話を知ったのはスティーブン・ピンカーが『心の仕組み』(NHKブックス)の中で、トマス・ハミルトンという男の犯罪をアモク・シンドロームというカテゴリーで説明していたからだ。この男は1996年3月13日にスコットランドのダンプレーンという田舎町の小学校に拳銃4丁をもって押し入り、体育館で遊んでいた子どもを撃って16人を殺し、さらに教師を殺したあと、銃口を自分に向けた。この男はボーイスカウトのリーダーだったが、小児性愛者の疑いをかけられてクビになり、世間を恨んでいたという。
日本でもかつて、池田小で児童8人が殺された事件や、秋葉原の路上で7人が殺害された通り魔事件があったが、それらは、アモクのなせる犯罪だ。池田小児童殺傷事件の犯人・宅間守の動機は今ひとつよく分からない処があるが、何か世間に恨みがあったのだろう。秋葉原の事件の犯人・加藤智大や川口市のトラック突入犯人に共通するのは職場への不満であろうし、加藤や冒頭の女子高生刺殺事件の背景にはネット社会のマイナス面が現れたという見方もできる(加藤は携帯サイトの掲示板で憎悪をふくらませていったし、SNSがなければ女子高生が殺されることもなかったろう)。
そう考えるとアモクは現代に特有の病理と思いたくなるが、ピンカーによれば、パプアニューギニアの田舎でもアモク・シンドロームは見られるという。またアモクは男にだけ見られるようだ。とすると、男の脳にはアモクに陥る潜在的な可能性があるのかもしれない。それを防ぐ根源的な方法はあるのだろうか。私には分からない。私に分かるのは法律をいくら作ってもアモクは防げないことだけだ。
※週刊朝日 2013年11月8日号