山口県周南市金峰(みたけ)で起きた連続殺人・放火事件で、保見光成(ほみこうせい)容疑者(63)が逮捕された。集落の住民14人中5人を次々と撲殺し、家々に火を放った男。しかし事件が起きた“限界集落”の外では保見容疑者はまったく異なる人格の持ち主だったという。
「弟は死んでほしいです。5人も殺したんだから」。そう言葉を絞り出したのは、広島県に住む保見容疑者の2番目の姉だ。「集落へ戻ってから、だんだんおかしくなった。はっきりと様子がおかしいとわかったのは今年5月の終わり。黙り込んだり、ひとり言を言ったりして……」。
実際、事件に至るまで金峰の住民らの多くが保見容疑者の“奇行”に恐怖心を抱いていたようだ。
「レスラーのような風体で、大きな車に乗っているので、それを見よったら『じろじろ見て何か用か』と言ってくる。黙っていたら『川に落としてやるぞ』とすごむ。次に会ったときは『今度見たら血の海だ。地獄に落とすぞ』と怒鳴られた。背筋がゾッとしたよ。だけど、まさか本当に集落を血の海にされるとは……」。近所の住民は、今も怯えた表情でそう話す。
しかし、不可思議なことに、金峰の集落を一歩離れると、粗暴な素振りはなりを潜め、会う人々に好印象を与えていた。
保見容疑者は、集落の外で高齢者のための「便利屋」のような仕事もしていた。事件1カ月前に、屋根の修理をしてもらったという78歳の老婆はこう話した。
「もう10年以上前から家の修理や草むしりなどでお世話になっている。6年前に入院したときもわざわざ私の犬を病室に連れ、見舞いに来てくれた。頼んだ仕事もまじめによくやってくれた。彼はマグロが好きで、1カ月前には屋根の修理の後に2人で回転ずしを食べに行きました。いつも『お母さん、長生きせなあかんよ』などと声をかけてくれる、すごく優しい人です」
犬好きの保見容疑者にも2匹の愛犬がいた。白のピレニーズと大きなゴールデンレトリバーだ。事件直後、逃走した際も2匹の犬のためにえさ箱をいっぱいにしていたという。
ゴールデンレトリバーを数年前に譲った飲食店経営者の女性はこう言う。「彼が一人でやってきて、真剣な表情で『父親の介護のために故郷に戻ったが、最近、父が亡くなった。笑わないでほしいのですが、犬のチラシを見て、父親の優しい目と似ていた。父のつもりで、家族のように大切にしますので、ぜひ飼わせてください』と言ったんです。信頼できると思って、犬を譲りました」。
保見容疑者はその雄犬に「オリーブ」と名付けた。その後も女性に、お礼のドッグフードや犬の写真をマメに郵送するなど、律義な面もあったようだ。
保見容疑者は集落の内と外で「ジキルとハイド」のように異なる二つの顔を持っていたのだ。
※週刊朝日 2013年8月9日号