いまの韓国を代表するエリートが「既成政治打破」を訴えて大統領選に出る。若者層に「教祖的」人気を誇っている。
出るのか出ないのか韓国民をやきもきさせ、9月19日、ついに立候補を表明した無所属、安哲秀(アンチョルス)氏(50)。「政治家経験ゼロ、基盤ゼロ、権力意志があるかも不明。三無主義の候補者」(静岡県立大学の小針進教授)。だがその彼が、保守派の与党・セヌリ党の朴槿恵(パククネ)(60)、左派の最大野党・民主統合党の文在寅(ムンジェイン)(59)両候補と互角の支持率を世論調査で得ているのだ。
学生時代は当時全盛の反政府デモにも行ったことがなかった彼。だが昨年、対談形式の講演会を各大学で始め、柔らかな語り口が学生たちを魅了、若者の偶像と騒がれ出した。その年8月にソウル市長の辞職で10月補選が決まるや有力候補に浮上、支持率は50%に達した。
だが支持率5%の左派系候補、朴元淳(パクウォンスン)氏との候補者一本化会談で安氏は立候補を譲り、朴氏は圧勝。安氏の「聖人ぶり」は全国に広がった。今年2月には巨額の資産を投じ雇用や教育の慈善団体を設立。テレビ番組で、女性の接待を受けて酒を飲んだことはないと彼が答えると、司会者が「英雄だ」と叫ぶまでに待望論はエスカレート、既成政党を脅かすまでになった。
立候補表明をしたものの、具体的な政策はこれからという安氏。1年以上も若者の圧倒的支持を受け続けるのはなぜか。神戸大学大学院の木村幹教授は、「ソウル大卒、ベンチャー企業の成功者、米国でMBA取得の経歴には、IT情報化時代の韓国の若者が欲しいものがすべて入っている。なりたい人物像を体現するのが安氏なのだ。
格差社会が広がり、政治不信は深まるばかりで、安氏が政治のアウトサイダーなのがプラスに働いている。語り口は平板そのものだが、激情型演説が大半の韓国では旧来の政治家と違う印象を与える。都会的な振る舞いも魅力になっている」
※AERA 2012年10月8日号