引き際の美学を持つ羽生結弦 (c)朝日新聞社
引き際の美学を持つ羽生結弦 (c)朝日新聞社

 師走に入った2019年の12月13日、ロシアの地からフィギュアスケート界に衝撃のニュースが広がった。

【写真】羽生結弦が勝負師としての矜恃を見せつけた表情

 女子の平昌冬季五輪金メダリスト、アリーナ・ザギトワが活動休止を発表。トップスケーター6人のみが出場できるGPファイナルを終えたばかりのタイミングだった。17歳にして五輪を筆頭に世界選手権、GPファイナル、欧州選手権などビッグタイトルを総なめ。第一人者として歩んできた華やかな時間は、いったん時計の針を止めることになった。

 どんなスケーターにも、そのキャリアと向き合う時期が来る。ザギトワのように競技を休止し、今後について自らと対話していくケースもあれば、銀盤を勝負の場と捉えてきっぱり引退する選手もいる。自己表現の理想を追求し、年を重ねるごとに輝きを増すスケーターもいる。

 では、男子のトップスケーター、羽生結弦はどうか。札幌市で行われた11月のGPシリーズNHK杯。国民栄誉賞にも輝いた王者が、引き際の美学を披露する一幕があった。

 ショートプログラム(SP)の演技後、外国人記者からある質問が飛んだ。「38歳でも滑っていたい」という女子の平昌五輪銀メダリスト、エフゲニア・メドベージェワ(ロシア)のコメントを引き合いに、自らはどうか問われた。五輪連覇を果たした王者の答えは、こうだ。

「僕はスケートを勝つためにやっている。みじめな姿を見せたくないというのが1つありますし、自分ができるMAXの構成ができないなら辞めると思います」

 今も勝負の世界に生きている。そのプライドがにじみ出る発言だった。羽生はかつて五輪で金メダルを獲って、引退。そう考えていたという。だが、勝利への欲は尽きない。新技成功へのチャレンジ、深遠な表現への探究心も、25歳となった羽生の本能を衝き動かし続けている。

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