鴻上さんが自分を向く時は遅い。ギリギリまで相談相手のことを考えているのではないか、と思う。舞台で役者を演出する時のように。さすが、大学時代から人の密度の濃い劇研を忌み嫌い、テニスラケット持って歩いてた私とは違う。人に揉まれてまみれてそれでも劇団をまとめて築き上げて、人間力が磨かれていったのだと思う。だから人の立場でものを考えられる。リアル想像力が半端ない。相談相手が目の前に見えているようだ。なんなら三日くらい相談相手と合宿した後のような理解だ。
そして、私は思い出すのである。数年前、私がふいの病で左耳を失聴した時、鴻上さんはかわいそうな私にこう言った。
「北川さん、またまた美味しいとこ持ってくねえ。何かそれで書くつもりでしょ」
その時、実は私はもう朝ドラ「半分、青い。」を書こうと決めていた。これ、ギリギリのセリフである。私だから怒らなくて、面白がって嬉しがる。鴻上さんは、いつだって相手を読んでいる。
※一冊の本 2019年10月号