東京・高円寺にある「小杉湯」の番頭として働きながら、銭湯のイラストを描き続ける塩谷歩波さん。2月には初の著書『銭湯図解』(中央公論新社)を刊行した(撮影/小林大介)
東京・高円寺にある「小杉湯」の番頭として働きながら、銭湯のイラストを描き続ける塩谷歩波さん。2月には初の著書『銭湯図解』(中央公論新社)を刊行した(撮影/小林大介)
番台に座る塩谷さん。「オクトーバー銭湯フェスト」「夏至祭」など、小杉湯で催されるさまざまなイベントの企画にも携わっている(撮影/小林大介)
番台に座る塩谷さん。「オクトーバー銭湯フェスト」「夏至祭」など、小杉湯で催されるさまざまなイベントの企画にも携わっている(撮影/小林大介)
小杉湯を描いた図解。小杉湯は昭和8年創業の老舗銭湯で、水風呂と温かいお風呂に交互に入る「温冷交互浴」とミルク湯が人気だ(提供/塩谷歩波)
小杉湯を描いた図解。小杉湯は昭和8年創業の老舗銭湯で、水風呂と温かいお風呂に交互に入る「温冷交互浴」とミルク湯が人気だ(提供/塩谷歩波)

 東京都内を中心に40軒以上の銭湯を訪ねて描いたイラスト「銭湯図解」がSNSなどで話題だ。お風呂やサウナの楽しみ方、浴室での人々の交流、建築的な面白さ……銭湯の魅力を精密かつ温かみのあるタッチで描くのが、イラストレーター兼“番頭”の塩谷歩波(えんや・ほなみ)さんだ。彼女の素顔とは――。『早稲田理工 by AERA 2019』(朝日新聞出版)から紹介する。

【イラストレーター兼“番頭”の塩谷歩波さんが描いた、話題の「小杉湯」図解はこちら】

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 子どもの頃から、インテリアコーディネーターの母と一緒に建物の内部を描くことが好きだった。建築の絵を描きたい。その一心で、早稲田大学創造理工学部建築学科に入学した。

「早稲田の建築学科では、建築をつくるうえでの思考力を培うために、とにかくたくさん絵を描きます」(塩谷さん、以下同)

 研究室では、路地や横丁を中心に、街並みの魅力を考察する「考現学」に没頭。街並みには、そこに息づく人々の暮らしや風土といった街のアイデンティティーが表れる。そうした考え方のもと、卒業論文では佐賀県鹿島市に滞在してその街並みを3メートルもの絵巻物2本に描き、海辺の街ならではの色彩を研究した。

 修士課程修了後は設計事務所に就職。だが、「設計の現場では絵は建物のための図面にすぎず、絵そのものに価値はない」と実感し、違和感を覚えた。迷いを振り払うために仕事を頑張りすぎて、体が悲鳴を上げた。機能性低血糖症と診断され、約4カ月間休職。やがて退職した。

 休職中に、早稲田大学時代の友人から勧められたのが銭湯だった。

「昼間の光が注ぐなかお風呂に入るってこんなに気持ちいいんだ、と思いました。ふだん接することがないおばあちゃんと話すのも別世界にいるようで楽しかった」

 心も体もぽかぽかと温まり、次第に体調が回復。ほかの友人にも勧めようとSNSで描き始めたのが「銭湯図解」だ。

 作品には多くの反響があり、「絵を誰かに喜んでもらえたこと」がうれしかった。東京· 高円寺の老舗銭湯「小杉湯」から働かないかと声がかかり、現在は番台に立ちながら、仕事の合間に各地の銭湯を取材して「銭湯図解」を描き続けている。

「銭湯って地域によって全然雰囲気が違う。閑静な住宅街にある銭湯だと上品なおばあちゃんが静かに入っているし、下町の銭湯だとおばちゃんが5、6人集まってガハハと笑っている。銭湯はローカルな魅力の宝庫。絵を描きながら私はいまでも考現学を続けているんですよ」

 現在の活動を大学時代からの研究の延長だと捉えているからこそ、今後は母校とのつながりを大切にしたいという。

「小杉湯がある高円寺と早稲田はすごく近い距離にある。たとえば、銭湯から広がる街づくりを大学の後輩たちと一緒にできたらいいですね」

(文/大室みどり)