だが、問題も残されている。報道された新しい事実を特捜部が証明できるかだ。元東京地検特捜部検事の郷原信郎氏は、3度目の逮捕に疑問を感じている。
「デリバティブの契約の付け替えは一時的なもので日産に損失が生じていない。そのような事例で刑事立件されたのは聞いたことがない。知人の会社に、その利益を図るために日産の資金16億円を振り込んだという単純な事実なら、12月10日の2度目の逮捕時に特別背任で逮捕すればよかった。いずれも刑事立件には重大な問題があり、立件は予定していなかったのではないか。ゴーン氏が保釈されると記者会見で特捜部を批判し、国際社会から検察批判が高まる恐れがあったので、それを避けるために苦し紛れに逮捕をした可能性もある」
再逮捕による勾留延長は、日産にとっても朗報だ。
日産の取締役会で、すでにゴーン氏は会長を、グレッグ・ケリー氏は代表取締役を解任されている。しかし、取締役には現在も残ったまま。解任には株主総会での承認が必要だからだ。そうなると、ルノーの会長兼CEOであるゴーン氏が保釈されて日産の取締役会に復帰すれば、検察当局に積極的に情報提供した西川広人日産社長らとゴーン氏が激しく対立することは必至だった。
一方の西川社長は、ゴーン氏の不正行為について、(1)役員報酬の過少記載(2)投資資金の不正支出(3)会社経費の私的流用があったと説明していた。日産側は、当初から(2)と(3)での立件を求めていたとされるが、特捜部は(1)での起訴を目指していた。それが今回、(2)にあたる特別背任で再逮捕したことで、事件は新たな展開を迎えた。
しかし、それでも日産経営陣と特捜部への批判は続きそうだ。特捜部を長く取材した、朝日新聞元記者の松本正氏は言う。
「特別背任は、図利加害目的(自分か第三者の利益を図る目的で会社に損害を与えること)を客観的な事実と証拠で証明しなければならず、その立証は極めて難しい。日産に実害が発生していたことは事実だとしても、それだけで有罪にはできない。いずれにしても、有価証券報告書の虚偽記載という形式犯で巨大企業のトップを逮捕し、同じ形式犯の容疑で再逮捕するなどということは、特捜部の捜査としてそもそも『異例中の異例』なのであって、裁判所が『異例中の異例』で保釈延長の申請を却下したのは、当然のことです」