ビジネスエリートになぜ「アート鑑賞」が必要か
AERAアートとビジネス。一見すると無関係にように見える二つだが、アートを知ることが、ビジネスで新たな発想を生むきっかけにもつながるという。
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壁にかけられた一枚の絵を、スーツ姿の男女が見つめている。
「この絵は、何を描いているように見えますか?」
「はたらける美術館」館長の東里雅海(あいざとまさみ)さん(25)が、2人に問いかける。しばしの沈黙の後、男性は「うなぎ」と口を開いた。
「ヌメヌメしている感じとか、頭としっぽがくっついて丸くなっている印象を受けますね」
一方、隣の女性は「食べ物にしか見えない」と答える。
「私には、ゴマ団子を半分に切った断面に見えますね」
東里さんは、2人の出した答えに「なるほど」とうなずく。
「過去には、ドーナツや目玉焼きと言う方もいました。全員同じ絵を見ているはずなのに、人によって注目する部分も受け取るイメージも全く違う。面白いですよね」
はたらける美術館は、東京・渋谷の住宅街にひっそりとある個室型のワークスペースだ。その名の通り、本物の美術作品に囲まれた部屋を借りて仕事ができる。希望すれば「ART for BIZ」という対話型の絵画鑑賞プログラムも受けられる。
前述の2人は「ART forBIZ」を体験したANAシステムズの西山久美子さん(50)と稲垣陽一さん(39)。今回、仕事の打ち合わせで利用したという西山さんは、「普段とは違う環境に身を置くことで、新しい着想を得られる気がする」と語る。
「社内で会議をしていると、どうしても“正解ありき”で話が進んでいく部分があります。でも、こうして絵を見ていると、正解も不正解もないんだなと。ビジネスでも、正解を決めずに想像を巡らすことが、新しいアイデアやチャレンジを生むきっかけになるのかなと感じました」
アートとビジネス。一見、縁遠い二つの領域が融合したこの美術館がオープンしたのは、今から2年半ほど前だ。
従来の画一的なワークスペースに不満を抱いていた東里さん。仕事仲間と話し合う中で、アートスペースとしての機能を併せ持たせることを思い付いた。
「アートに触れることで、正解にとらわれない自由なアイデアや事業プランがもっと生まれやすくなるのではと思ったんです」
美術館を運営しながら、東里さんは「どうすれば創造的思考を養えるのか、悩んでいる人が多い」ことに気づいたそうだ。
「数人規模の新規事業部を任されて、前例のない仕事に取り組んでいる方が、ヒントや変化を求めて来館されることもあります。アートの鑑賞は、目の前の物事に自分で意味付けをして、価値を見いだす訓練でもある。それと同じことが、ビジネスの場でも強く問われてきているように思いますね」
(ライター・澤田憲)
※AERA 2018年12月17日号より抜粋