都電時代と変わらぬ風貌で活躍する長崎電軌700型。写真の706は旧2024で、筆者が杉並線時代から被写体にしていたお馴染みの都電。大橋~浦上車庫前(撮影/諸河久:1981年8月2日)
都電時代と変わらぬ風貌で活躍する長崎電軌700型。写真の706は旧2024で、筆者が杉並線時代から被写体にしていたお馴染みの都電。大橋~浦上車庫前(撮影/諸河久:1981年8月2日)

 1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は「平家物語/忠度の都落ち」ならぬ、東京を去って地方に移籍した「都電の都落ち」のエピソードを紹介しよう。

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「都落ち」と聞くと、「落ち」という言葉から、ややネガティブなイメージを思い浮かぶ人も多いかもしれない。この「都落ち」は鉄道ファンのなかでも使われる言葉で、それまで東京を疾走していた車両が、東京以外の地方などで「第2の人生」を歩むことでも使われる。決してネガティブではなく、全国各地を走る姿に感動すら覚える。

 ただ、路面電車に関していえば、1970年代「都電全廃」の影響が大きい。

 冒頭の写真は、長崎市内浦上川の専用橋を走る3系統赤迫行きに充当された旧都電2000型の700型。1955年に新造された2018~2022・2024の6両が1969年に長崎電気軌道(以下長崎電軌)に譲渡されている。

 長崎電軌は日本最西端の路面電車。電車線電圧600V、軌間は1435mmで、長崎市内に5線区11500mの路線網を持つ。移籍した700型は登場時の1067mmから1372mmへ、そして1435mmへと、二度の改軌を体験した珍しい路面電車だ。この6両は改軌工事の他にワンマン仕様改造を受け、長崎電軌ワンマン運転の先駆けとなった。

坂のある港町を走る函館市電1000型は、北国で再起した旧都電の7000型。写真の1007(旧都電7039)の退役後、続いて都電色になった1006(旧都電7038)が 2010年まで在籍した。谷地頭~青柳町(撮影/諸河久:1993年7月12日)
坂のある港町を走る函館市電1000型は、北国で再起した旧都電の7000型。写真の1007(旧都電7039)の退役後、続いて都電色になった1006(旧都電7038)が 2010年まで在籍した。谷地頭~青柳町(撮影/諸河久:1993年7月12日)

■余剰車両「譲渡」の歴史

 東京市電から地方都市へ路面電車が移籍した歴史を紐解くと、本連載で既報の「1934年函館大火」による函館市電への緊急援助用に、45両の中古市電が譲渡された事例が著名だ。それ以前の大正期にも、横浜市、能勢電軌、王子電軌、城東電軌、京王電軌(現京王電鉄)、成田電気鉄道などに中古車を売却している。戦後の復興期には、鹿児島市電、川崎市電、仙台市電、箱根登山鉄道(小田原市内線)に余剰車両が譲渡された。いっぽう、都電の鋼体化などで生じた不要車体を流用した再生車が、秋田市電や江ノ島鎌倉観光(現江ノ島電鉄)などに登場している。

 都電の全廃が実施された1970年代に入ると、旧杉並線用に新造され車齢が若かった2000型6両が長崎電軌に譲渡された。いっぽう、地勢的には長崎の対極に位置する函館市電にも7000型10両が譲渡されている。こちらは軌間が東京と同じ1372mmの利点を生かし、ワンマン化改造までは、ほぼ原形のまま使用されている。

 次のカットが函館市電(現函館市企業局交通部)宝来・谷地頭線の終点谷地頭停留所を後にする2系統湯の川行き旧都電7000型の1000型。写真の1007は筆者が撮影した1993年から都電色のキャピタルクリームとエンジの帯に塗り替えられ、2007年まで稼働した。 

 前述の2000型と同時期の1955年に新造された7032~7034・7036~7042の10両が1970年に函館市電に譲渡された。入線の翌年、1971年からワンマン化改造が実施され、写真のような非対称型の正面に改造された。

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諸河久

諸河久

諸河 久(もろかわ・ひさし)/1947年生まれ。東京都出身。カメラマン。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「オリエント・エクスプレス」(保育社)、「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など。「AERA dot.」での連載のなかから筆者が厳選して1冊にまとめた書籍路面電車がみつめた50年 写真で振り返る東京風情(天夢人)が絶賛発売中。

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