うの・つねひろ/1978年生まれ。評論家。雑誌「PLANETS」編集長。新著に『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)
うの・つねひろ/1978年生まれ。評論家。雑誌「PLANETS」編集長。新著に『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)
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 普段は忙しい日々を過ごしていても、読書の秋は本にどっぷりつかってみませんか。では、読書を愛する人たちは、どんな本を読んでいるのでしょう。評論家・宇野常寛さんに、「没入できる本」を聞きました。「本」を特集した2022年11月14日号の記事から。

【画像】宇野さんがいつもそばに置いておきたい本はこちら

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 僕のオールタイムベストのひとつは「アラビアのロレンス」ことT・E・ロレンスの自伝的著作『知恵の七柱』です。第1次世界大戦で国民的英雄になりながらも、戦後は偽名を使って一兵卒として軍隊に勤務するなど奇妙な晩年を過ごしたロレンス。その生き様は、近代社会の外部を性急に求めることによって、逆に自分を不自由に追い込む過程だと言えます。

 それは、今の情報化社会と重なります。情報技術によって、僕たちはサイバースペースという究極の社会の外部を手に入れたはずでした。しかし今、そこが一番不自由な場所となり僕たちを縛っている。SNSはいわば承認の交換ゲーム。このゲームではタイムラインの潮目を読み、誰に石を投げれば自分が注目を集めるかを考えるのが定石になっている。その結果としてシェアされる話題も意見も多様化せず、民主主義の前提となる世論形成が難しくなっています。

 この状況を考える時にいつも浮かぶのは、評論家の吉本隆明の「自己幻想・対幻想・共同幻想」というアイデアです。人間の世界観を三つの幻想で表現した、現代にも通じる天才的な発想だと思います。まさに、SNSはプロフィル=自己幻想、メッセンジャー=対幻想、タイムライン=共同幻想で作られた装置。こうした彼の詩的な感性に散文よりも直接的に触れられるのが、『吉本隆明詩集』です。

 光瀬龍のSF小説『百億の昼と千億の夜』は高校生の頃から何度も読んでいる一冊です。冒頭の「寄せてはかえし」から始まる文章がとにかく美しい。

 地球の誕生から始まり、宇宙全体の滅びまでを描く物語なのですが、登場人物の内面の描写が全くない。冷徹にまで俯瞰して書かれている文体から得られるのは、「無常観」です。僕という個人は、圧倒的に巨大な世界のたった一部でしかないということを思い知らされる。これは、人間が他の人間との「関係の絶対性」から逃れられないと考えた吉本の発想とは真逆のもので、そこに惹かれます。

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