もはや「家族主義」は機能していないのが実情だ。にもかかわらず、日本は福祉や社会保障など、「家族」以外のセーフティーネットが極めて弱い(撮影/写真映像部・松永卓也)
もはや「家族主義」は機能していないのが実情だ。にもかかわらず、日本は福祉や社会保障など、「家族」以外のセーフティーネットが極めて弱い(撮影/写真映像部・松永卓也)

 安倍晋三元首相が演説中に銃で撃たれて死亡した事件。山上徹也容疑者が凶行に至った背景には何があるのか。社会学者の土井隆義・筑波大学教授が分析する。AERA 2022年8月1日号の記事から。

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 山上徹也容疑者はどんな意図で犯行に至ったのか。社会学者の土井隆義・筑波大学教授は二つの見方をしている。

 一つは、たとえばベトナム戦争で僧侶が南ベトナム政府に抗議し、焼身自殺をしたような「抗議死」だ。容疑者は自殺こそしていないが、犯行後に逃げようともしていない。政治テロのように未来を見据えた「主張」はなく、「過去についての抗議」だけがそこにある。ただ、犯行前に手紙を投函したのは、そんな自分の予兆に「気づいてほしい」という気持ちもあったから。気づいてくれたら自分の暴走を止められる──そんな思いもあったのでは、と土井教授は見る。

「しかし、その手紙に『安倍は本来の敵ではないのです。あくまでも現実世界で最も影響力のある統一教会シンパの一人に過ぎません。安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません』とあるのを読むと、違う見立ても可能だと思います。『未来を見据えて』統一教会を潰してやろうという思い。その手段としては、影響力の大きい安倍元首相を狙ったほうがいいという冷徹な計算。そんな行動だとしたら、彼なりの合理的判断であり、『テロ的なメンタリティー』だったとも言えます」

 いずれにしても、何が彼をそうさせたのか。容疑者はうまく人との関係を紡げない「関係の貧困」を抱えていたのでは、と土井教授は指摘する。

「約1年も自宅で一人ひそかに武器を製造し、教団やその存在を許した社会への敵がい心を募らせていった。人間関係がきちんとあれば、『自分だけの世界』が相対化できるけれども、関係が貧困なためにブレーキもきかず、暴走してしまう。今回の事件は経済的な貧困ももちろん重要な要因ですが、自己責任主義が進むことで社会の分断化が進み、『関係格差』(人間関係が豊かな人とそうでない人の差)が生じているため、いったん躓いたらなかなか這い上がれないという社会状況が広がっていることも背景にあると思います」

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