母の証言だけで長編は難しいと思っていたとき、50歳を過ぎた私の前に夫となる荒井カオルが現れたんです。フリーライターの彼は聞き上手で、母は彼に「在日としての人生」や「今も北朝鮮にいる息子たちをどう思っているか」などを改めてじっくり話してくれた。なにより、いまだに将軍様の肖像画を掲げているようなクレージーな家庭に彼がふっと入ってきて母と打ち解けているのをみて「コメディーみたいだな(笑)」と思ったんです。この状況を描けば作品になると確信しました。
母と夫が一緒にスープを作るのを見ながら「イデオロギーが違っても、互いに顔をあわせてごはんを食べることができれば、世界から戦争はなくなるんだろうな」とつくづく思いました。4・3についての入門書になればとも思いますが、「勉強になった」よりも「おもしろかった」と言ってもらえるとうれしい。見たあと「今日はみんなで韓国料理を食べよう」と思ってもらえたら最高です。(取材/文・中村千晶)
※AERA 2022年6月27日号