プーチン氏(gettyimages)
プーチン氏(gettyimages)

 5月9日のロシア対独戦勝記念日、演説では戦争宣言は行われなかった。だが、締めくくりは極めて異例だった。見えてくるのは追い詰められたプーチン大統領の姿だ。AERA 2022年5月23日号から。

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 ロシアにとって最も重要な祝日である対ナチス戦勝記念日の5月9日。注目されたプーチン大統領による「戦争宣言」はなく、静かに過ぎ去った印象を与えた。だが、赤の広場で行われた演説は、実は極めて異様なものだった。プーチン氏は間違いなく、かつてないほど追い詰められている。

 私が驚かされたのが、演説の締めくくりだった。

 プーチン氏は「ロシアのために! 勝利のために!」と声を張り上げた後、「ウラー!(万歳!)」と叫んだ。広場を埋め尽くした兵士が地響きのような「ウラー」三唱で応え、軍楽隊がロシア国歌を演奏する。式典前半のクライマックスだ。

 だがこれは、これまで一度も聞いたことがなかった演説の終わらせ方なのだ。

 昨年までは毎年5月9日に行われる演説は「勝利の日、おめでとう!」、または「偉大な勝利の日、おめでとう!」と力強く宣言して締めくくるのがお決まりのパターンだった。それから「ウラー!」、そして国歌へと続く。ほとんど様式美として定着してきた段取りを、今回あえて変えたことの意味は決して小さくない。

 そもそも5月9日は、第2次世界大戦でナチスドイツがソ連や米英などの連合国に無条件降伏した記念日だ。周辺国を侵略し、ユダヤ人の絶滅を図ったヒトラーの悪夢から欧州が解放された世界史的な意義を持つ。凄惨を極めたドイツとの戦いで、ソ連の死者は2700万人にのぼったとされる。もちろん、当時ソ連の一部となっていたウクライナの人々も、この数字には含まれている。

 そうした犠牲者を追悼し、和解と平和を誓う意味が、戦勝記念日には込められてきた。

 これまでプーチン大統領が演説の最後に繰り返してきた「勝利の日、おめでとう!」は、連合国に限らず、戦後の平和を享受してきたすべての人が共有できる祝意だった。

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駒木明義

駒木明義

2005~08年、13~17年にモスクワ特派員。90年入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。日本では主に外交政策などを取材してきました。 著書「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか」(筑摩選書)。共著に「プーチンの実像」(朝日文庫)、「検証 日露首脳交渉」(岩波書店)

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