木村一基は羽生善治、佐藤康光ら強敵と激闘を重ね、40代半ばを過ぎてつかんだ初タイトルは10代の神童・藤井聡太に持ち去られた。それでも折れずに戦い続ける(c)朝日新聞社
木村一基は羽生善治、佐藤康光ら強敵と激闘を重ね、40代半ばを過ぎてつかんだ初タイトルは10代の神童・藤井聡太に持ち去られた。それでも折れずに戦い続ける(c)朝日新聞社

 AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明三冠(名人、棋王、王将)、森内俊之九段(十八世名人資格者)、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段、「将棋界初の姉妹女流棋士」の中倉彰子女流二段、「将棋界初の母子棋士」の藤森哲也五段に続く6人目は、「中年の星」の木村一基九段です。本日発行の9月13日号に掲載したインタビューのテーマは「印象に残る対局」



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「まあ、運がよかった。この一言に尽きます」

 2021年7月。王座戦挑戦者決定トーナメントを制した際、木村一基はそう語っていた。まずは改めて、どんな戦いだったか。

「4局とも本当にミスが少なく対応することができた。私にとっては予想外にいい出来だったといえます」

 木村はファンや関係者から「中高年の星」「百折不撓の男」などと称賛される。

「以前から年下の人と指すほうが普通になっていて、もう慣れちゃった。むしろ年上の方と指す機会がかなり減っちゃったなと」

 8月末時点で今年度成績は14勝7敗。成績ランキング上位に入っている40代以上の棋士は、木村の他にいない。

「勝ちも多ければ負けも多い。そういう点では、調子のよさは感じていません。実力以上に目立っているというところでしょうね」

きむら・かずき/1973年6月23日生まれ、48歳。「千駄ケ谷の受け師」と呼ばれる受けの達人。2019年、史上最年長の46歳で初タイトル王位を獲得。現在NHK「将棋フォーカス」で講師担当中(撮影/写真部・加藤夏子)
きむら・かずき/1973年6月23日生まれ、48歳。「千駄ケ谷の受け師」と呼ばれる受けの達人。2019年、史上最年長の46歳で初タイトル王位を獲得。現在NHK「将棋フォーカス」で講師担当中(撮影/写真部・加藤夏子)

 挑戦者決定戦の相手は佐藤康光九段(51)だった。

「年はかなりいってますけど、強くなれるとは思っているので」(佐藤)

 敗れてなお気概を示す佐藤のコメントは大きな反響を呼んだ。木村はどう感じたか。

「『おお、すごいことをおっしゃってるなあ』と衝撃を受けました。あれだけ言えるのは幸せなことです。自分に照らし合わせてみれば、若い人についていくことでせいいっぱいなので、そういう気持ちを持たなくてはいけない。ああ言われる先輩がいるのは、自分自身にとって励みになります。年下の自分があんまり甘いことは言えない」

 佐藤は日本将棋連盟会長という重責を担いながらの挑戦者決定戦進出。木村がいつものように多くのファンの声援を背に受けて戦う一方、「今回は会長に勝ってもらいたい」という声も多く聞かれた。

「相手が会長だから注目されてるところも感じました。だからといって別段意識はしません。相手が注目されるのはもう、去年で鍛えられて慣れているから(笑)」

 昨年、木村は王位の立場にあった。そこへ挑戦の名乗りをあげてきたのが国民的スター藤井聡太(当時17)だった。

(構成/ライター・松本博文)

※AERA2021年9月13日号から抜粋。記事の続きには、木村一基九段がタイトルを失ったときの言葉や、現在開催されている王座戦五番勝負で永瀬拓矢王座にどんな思いで挑戦しているかも紹介しています。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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