旧態依然の縫製業界を「個人の頑張りが報われる世界にしたい」と語る(撮影/MIKIKO)
旧態依然の縫製業界を「個人の頑張りが報われる世界にしたい」と語る(撮影/MIKIKO)
工場のすぐ裏の、母(真ん中)が暮らす家。同居する80代の祖母も現役でミシンを踏む。週末にはよく家族で集まり食事をともにする(撮影/MIKIKO)
工場のすぐ裏の、母(真ん中)が暮らす家。同居する80代の祖母も現役でミシンを踏む。週末にはよく家族で集まり食事をともにする(撮影/MIKIKO)

コロナ禍で医療用ガウンが不足した。政府が製造を依頼したのが、谷英希さんが立ち上げたベンチャー企業・ヴァレイだった。ヴァレイは、契約している全国の縫製職人や縫製工場と連携し、あっという間に1日4千着を製造できる手はずを整えた。高い技術を持ちながら、報われない縫製職人がたくさんいる。「服作りに関わるすべての人を笑顔にする」ため、業界に新風を吹き込む。

【写真】工場のすぐ裏の、母が暮らす家での一枚

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 今年4月7日、日本政府から東京など7都府県に対し、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が発令された。同日、奈良県で縫製業を営むベンチャー企業「合同会社ヴァレイ」CEOの谷英希(30)のスマホに一本の着信があった。電話をかけてきたのは、前年の経済産業省主催のアワード「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に全国360万社からヴァレイが選出されたとき知り合った、経産省の若手官僚だった。

「今コロナ治療の最前線で、医療用ガウンが圧倒的に不足しています。谷さんの会社で、ガウンを製造してほしいんです」

 一瞬驚いたが、谷は「ぜひやらせてください」と即答した。新型コロナの恐怖が日本列島を覆った2月から、自分たちにできることはないかと考え続けてきた。医師や看護師たちが雨合羽でガウンを代用しているというニュースも見ていた。

「縫製業に携わるものとして、布製品の不足のせいでこの国の医療が崩壊するなんてことがあってはならない。コロナがアパレル業界に与えたダメージも深刻で、うちも全国の職人たちへの発注が、5月は前年比マイナス95%になる見込みでした。国からの受注は、止まっていた縫製業界の経済を動かすことにもなると考えたんです」

 4月16日には医療用物資を供給する企業と政府の間で、首相の安倍晋三も参加するテレビ電話会議が開かれた。谷は「自分たちの他にも100社ぐらい集まるのだろう」と考えていたが、会議に招聘されたのは数社のみ、ヴァレイ以外はANA、ユニ・チャーム、日産などの大手企業ばかりだった。安倍はその会議で「余った分のガウンは国が買い取るから思い切った増産をしてほしい」と谷に頼んだ。その日から6月末までに、10万着の医療用ガウンを製造する仕事が始まった。

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