福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
チンボラソ山(写真:gettyimages)
チンボラソ山(写真:gettyimages)

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。今回は、「地球の密度」について取り上げます。

【写真】エベレストより高い?チンボラソ山(標高6268メートル)はこちら

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 少し前、まだコロナ禍が世界を覆い尽くすことなど思いもよらなかった 頃、南米エクアドルを旅した。山間部の高地にある首都キトから、大西洋に面した港湾の商都グアヤキルまで、小一時間のフライトだった。

 途中、左の窓際に座っていた私は、雲間に突き出すアンデス山脈の山頂を眺め見ることができた。隣の地元民に英語で聞いてみると、手前に見える尖った雪山がコトパヒ山、遠くに霞む高峰がチンボラソ山だと教えてくれた。

 ああ、あれが「有名な」チンボラソ山か、と思った。

 チンボラソ山は、エクアドル最高峰で標高(海抜高度)6268メートル、コトパヒ山は5987メートル。アンデスを代表する秀麗な高山で、ちょうど富士山のように孤立して屹立し、きれいな裾野を従えてそびえている。

 そして実は、チンボラソ山はエベレスト山よりも高い世界最高峰の山である……というと驚く人もいるかもしれない。

 が、この頓智クイズのミソは、地球は赤道周囲の方が膨れているから(みかん型)、ということである。地球の中心からの距離を測ると、チンボラソ山頂の方が、エベレスト山頂よりも2キロ以上も高いことになるのである。

 さて、そんなチンボラソ山が「有名だ」と言ったのは観光的に、という意味だけでなく、科学的にという意味だ。

 チンボラソという妙な名前は現地語で「青い雪」のこと。1738年、フランスの科学者ピエール・ブーケとシャルル=マリー・ド・ラ・コンダミーヌは、はるばるこの南米の高山に出かけて、苦労の末、さまざまな測量を行った。それに先立つ、ニュートンの名著『プリンキピア』(1687)には次のような予言がかかれていた。

 振り子を吊り下げると、振り子は地球の引力によってその中心に向かって引っ張られる。このとき、振り子の近くに巨大な山塊があれば、振り子は山塊の引力にも引かれ、真の鉛直方向に対してわずかにずれる。このズレの角度を、天空の星を目印にして精密に測定すると山と地球の引力の強さを計算することができる。山の体積は測量によって、山の重量は山を構成する岩石の成分から、大まかに割り出すことができる。すると山の密度が求まる。このデータと角度のズレから、今度は、地球の密度を推定することができる。

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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