よく歩くことで、子どもの脳が成長し、運動能力や五感も発達する――。そんな効用が得られる「歩育」に詳しい武蔵丘短期大学の太田あや子教授がその重要性を語る。
* * *
幼児期に歩くことを通して心と体を育むのが「歩育(ほいく)」。明治時代に柔道の父として知られる嘉納治五郎氏が大日本体育協会(現・日本スポーツ協会)を設立し「歩行」を導入することを提起し、1980年代に埼玉県東松山市が「歩育」として学校行事の中に取り入れるようになりました。
いま子どもたちは歩かなくなりました。
私は30年近く歩育に携わっていますが、実感として歩かない子は、体力が低下するだけでなく、長く頑張れる気持ちもなくなったようです。そうした危機感の中、全国の保育園や幼稚園などで歩育が広がっています。
歩育が「ただの散歩」と違うのは、歩き続けることではないこと。途中で木の実や葉っぱを集めたり、途中の公園でドッジボールをしたり、走っていては経験できないことを経験します。その結果、跳んだりはねたり逆立ちしたり、蹴ったり投げたりといった、小学校低学年までに経験させておきたい「36の動き」ができるようになります。
名古屋学院大学の中野貴博氏の研究グループが行った調査では、よく歩く子とそうでない子とで運動能力には差が出ます。平日1万3千歩以上歩く幼児の体力偏差値は51.6なのに対し、それ未満の幼児は49.2と、よく歩く子どもの方が運動能力は高いという検証結果があります。
立ち止まって生き物や植物を観察したり、交通ルールを学んだりするのも歩育の特徴。幼児期から自然や社会に触れることで視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感が刺激され、脳の成長を促します。さらに少し長い距離を頑張って歩いて目的地に到達した達成感は、頑張ることの大切さと頑張れる自分を認める「自己効力」も高めます。
幼児期の成功体験は大人になっても引き出すことができます。例えば、次のステージに行くために勉強を頑張れる。歩育は、幼児の可能性を開く大切な活動です。
(編集部・野村昌二)
※AERA 2019年5月27日号