憤るのは「日本色覚差別撤廃の会」の荒伸直会長(64)だ。同会の高柳泰世顧問(86、本郷眼科・神経内科院長)も、「学校での健康診断には、事後のフォローが伴わなければいけません。それがない典型が色覚検査です」。

 撤廃の会は94年、色覚異常者に対する偏見や社会的差別の解消を目指して設立された、主に当事者の団体。16年前に学校健康診断のメニューから外れたのも、運動の“成果”だった。

「とりわけ許せないのは、日本眼科医会が病院などに配布したポスターです。現在も採用時の制約が残っている職種だけでなく、塗装業やカメラマン、美容師、板前、服飾販売などまで難しいと、根拠も示さずに決めつけている。多くの人々の努力でやっと進学や就職時の差別が減ってきて、それで特段の不都合も生じていないのに、これでは元の木阿弥にされかねない」(荒氏)

 学校での色覚検査を推進する側の考えはどうか。日本眼科医会の宮浦徹理事(68、宮浦眼科院長)を訪ねた。

「私自身は学校医の立場から、子どもたちのために、というだけです。眼科医会でも中断以降、再開を訴え続けていましたが、10~11年度に全国で941人に聞き取りをしたところ、検査を受けていなかった子が進学や就職の際に異常と診断されて戸惑ったり、仕事に就いてからトラブルになったり、という実例が少なくない実態がわかった。そこでいろいろ働きかけました」

 13年4月、衆院予算委の第4分科会で、民主党の笠浩史議員(現・無所属)が当時の下村博文文科相とスポーツ・青少年局長から、学校での色覚検査に“前向き”な答弁を引き出す。日本眼科医会は同年8月に文科省の「今後の健康診断の在り方等に関する検討会」で報告し、同年9月には記者会見も。12月、「検討会」がまとめた意見書には、保護者に対する色覚検査の積極的な周知を図る必要が盛り込まれた。

●徴兵検査で使われた石原式 学校の身体検査にも広がる

 ところで日本眼科医会のポスターは、東京女子医科大学の中村かおる講師(59)の「先天色覚異常の職業上の問題点」(「東京女子医科大学雑誌」第82巻臨時増刊号、12年1月)に登場する職業名を並べたものである。緑のズボンの裾上げに茶色の糸を使ってしまったアパレル勤務26歳とか、動物の血便に気づかず辞職を勧告された牧畜業25歳等々の具体例が紹介されている。中村氏に会った。

「私は担当の色覚外来で受診者の事情を伺い、データを積み重ねてきました。日頃は問題なくても、実は仕事で困っている方が多くおられます。就業に制約を課す必要のある仕事はほとんどないけれど、仕事の内容によっては何か困ることが起きるかもしれません。今も制限が残る職種には根拠があるとも思います。これから社会に出ていく人は早めに検査しておいたほうがいい。自分の色覚を承知していれば、支障に備えたり、対策を工夫したりもできるのですから」

 強烈なポスターとはやや印象の異なる話だった。彼女はこうも語った。

「息子が2歳の頃に色覚異常を発見したのが、この研究に対する私のモチベーションになりました。産んだ時に私の父の色覚を知らされ、そのつもりで見ていたので気がついたんです」

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