「ギフト 僕がきみに残せるもの」は東京・ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか全国順次公開中。監督:クレイ・トゥイール (c)2016 Dear Rivers, LLC
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 難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を宣告された元アメフト選手のドキュメンタリー映画が話題を呼んでいる。想像を絶する困難に立ち向かう夫と妻の思いとは。

 アメリカンフットボールの最高峰、NFLのスター選手だったスティーヴ・グリーソンは、2011年1月にALSを宣告された。筋肉に動きを伝達する神経が侵され、徐々に歩行や呼吸ができなくなる難病。物理学者スティーヴン・ホーキング博士も同じ病で知られ、診断後の平均余命は米国で2~5年だ。

●息子に何を残せるか

 だが、診断後に妻の妊娠を知ったスティーヴは自らを奮い立たせ、生まれてくる息子へとビデオダイアリーを撮り始める。16年にそれを基にしたドキュメンタリー映画「ギフト 僕がきみに残せるもの」が公開され、全米で大反響となった。

「夫はいまも元気よ。よい介護スタッフに支えられて、目的を持って人生を送っているわ」

 来日した妻ミシェル・ヴァリスコは明るく快活に話す。

 二人は04年、友人を介して出会った。ミシェルは最初、スター選手だったスティーヴを警戒していたという。

「『ロン毛のNFL選手なんて傲慢でイヤなやつなんじゃない?』って。でも違った。彼は知的で自由で冒険好き。なによりハンサムだったしね(笑)」

 08年に結婚。だが、幸せのさなかにスティーヴの病気が発覚する。映画には徐々に体の自由を奪われていく彼の姿が映る。想像を絶する苦痛と困難に、彼は並外れたガッツと精神力で立ち向かっていく。

「忍耐力、自立心と自制心、意志の強さ。一流のスポーツ選手である彼にはこの三つがあった。毎朝シャワーを浴びて着替えをするだけで2、3時間かかるけど、彼はそれを“ワークアウト”と呼んでいる。落ち込んでしまうような状況を、ポジティブに捉えようとしているの」

 ときにはカメラの前で「どうしてこんなことになったんだ」と、涙を流す場面もある。もっともつらかったのは、気管を切開して人工呼吸器をつける決断だった。術後も1年は容体が安定しなかったという。

「ALSで一番恐ろしいのは『未知への恐怖』なんです。次にどうなるのか、何が起こるのか? そのときどうすればいいのか? それがずっと続くことに参ってしまうこともある。私たちの関係も、厳しかった時期が数年あった。いまも普通のカップルより、キレる度合いは大きいかもしれない」

 そんなピンチを彼らはユーモアを交えて乗り越えていく。自力排便ができなくなったスティーヴが介助スタッフにかける言葉には思わず笑いが漏れる。

●やるしかないじゃない

「私たちはよく笑うの。泣いているよりは、笑っているほうがいい。それにこういう状況になると、もう選択肢はないのよ。『もういやだ』とベッドに転がったままじゃどうしようもない。だから起き上がって『やるしかないんじゃない?』って」

 二人はALS患者をサポートする組織を立ち上げ、14年にアイス・バケツ・チャレンジを世界中に広め、ALSの認知のため活動をしている。

「この映画はALS患者だけでなく、多くの人に勇気を与えているみたい。『父親と仲が悪くて4年間も話していなかったけど、今晩電話をする』とか『ガッツをもらって100キロの減量に成功した』という女性もいた。スティーヴはまだまだ長く生きてくれるだろうし、いまは機械を通して直接話ができるから息子はまだ映画を見ていない。でも大事なバックアップデータになったと思うわ」

(ライター・中村千晶)

AERA 2017年9月4日号

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