●スーパーにない楽しみ

 1980年代初頭、全国に5万店以上あった鮮魚小売り店は、その後の20年で半数以下に激減。代わって購入先となったのはスーパーだ。総務省の全国消費実態調査によると2人以上の世帯の約7割がスーパーで魚を購入している。それに伴い魚の購入形態も変わり、切り身や刺し身が主流になっていった。『魚と日本人 食と職の経済学』(岩波新書)の著書がある、北海学園大学の濱田武士教授(48)は次のように語る。

「魚は丸魚を自分で下ろして食べるのが一番おいしい。しかしスーパーは利便性を求める消費者ニーズに応え、開店前から切り身や刺し身を準備する。魚は切った先から鮮度が落ちるため、利便性と引き換えにおいしさから遠ざかる。加えて安価で安定的な供給を実現するため、魚種はサケやアジなど定番の数種に限られ、多様な中から選び買い、味わう楽しみも薄れてしまった」

 しかしここ数年、ITなどの活用による「ニューウェーブの魚屋」が登場。スーパーでは得られない新たな魚の楽しみが広がりつつある。

 漁師が朝とった魚がその日のうちに食べられる、「羽田市場」の“超速鮮魚”。その名前を居酒屋などで耳にしたことのある人もいるかもしれない。今年1月、直売店が銀座にオープンした。運営するのはCSN地方創生ネットワーク。代表の野本良平さん(51)は1年のうちの多くを、漁船の上で過ごしてきた。取材の前日も北海道にいたという。

「とれたての、まだ動いているタラバガニを食べてきましたけれど、おいしかった。止まらずいやというほど食べてしまいました(笑)。以前、富山でエビ漁の底引き船に乗ったときには、漁師が船にオーブントースターを持ち込み、とれたての甘エビを焼いて食べていた。これが、すごく甘くて。そういうおいしさを食卓に届けたいです」

●魚を全国から空輸

 北海道や九州の漁師が朝とった魚が、東京にその日のうちに届く。なぜそのようなことが可能なのか? 羽田市場では全国の漁師と直接取引し、魚を空輸。空港内に加工場も持っている。流通の中間業者をはさまないため、通常であればトラック輸送で2~3日かかるところを1日に短縮。中間マージンも省けるため、魚を割安な値段で販売でき、漁師の手取りも多くできる。

「私が漁船に乗るのは、とったあとの神経締めや血抜きの処理を漁師に徹底するためです。それによっておいしさが大きく変わる」(野本さん)

 そこまで手をかけるため一流店からの注文が引きも切らない。直売店を開いたのも銀座の飲食店の要望を受けてのことだった。超一流店は、例えば鮨屋でもカウンター席が10席しかなかったりと、仕入れ量が少ない。

「1匹、2匹の配達を羽田からするのは厳しいため銀座に開きました」(同)

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