東京の西新井で完全予約制の鰻料理店を営む、上條一郎さん(55)はコース料理の魚を自ら東京湾で釣るほど鮮度にこだわっている。

「東京湾だけだと魚種が限られてしまうので、直売店を利用するようになりました。羽田市場のサバは酢でしめずにそのまま刺し身で出せる。そこまでの鮮度のものはなかなかないですよ」

 魚はすべて刺し身で食べられ、冷蔵庫で1週間もつ。逆に鮮度が良すぎて、魚によっては硬くてまだうまみのしない場合もあると、野本さんは言う。

「毎日少しずつ食べて、味の変化を楽しんでもらうのもいいかもしれません」

 オープン当初は一般客の利用時間は限られていたが、いまはいつでも買い物できる。汐留や新橋からも近いためビジネスパーソンの常連もいる。昼休みに買って、夕方まで店の冷蔵庫に預け、帰りにピックアップすることも可能だ。

●ディープな専門店街

 購入できるのは原則的に飲食店などプロだけ。一般消費者は従来手を出せなかった「築地市場」の魚を買える場所ができた。2016年11月、築地場外にプレオープンした「築地魚河岸」だ。豊洲への移転を想定して、市場内の約50の仲卸がここに店を構えた。開館時間は朝5時から午後3時まで。朝9時までは場内同様プロ相手の販売のみだが、9時以降は小売りに対応する。

「一般人に売る難しさを知る…」

 築地魚河岸から発信された一本のツイートが今年1月、話題を呼んだ。つぶやいたのは阿部水産の阿部泰尚さん(40)。ちりめんじゃこを女性客に販売したところ「異物が混入していた」とすごい剣幕でクレームを受けた。商品を確認すると混じっていたのは小さなイカだった。阿部さんは言う。

「築地で育ちましたが、こんなことは初めて。一般客相手だと、こんなことが起きるのかとカルチャーショックを受けました」

 阿部さんのつぶやきは2万件以上リツイートされ、「イカが入っていたなんて、むしろ“ラッキー”“当たり”じゃないですか」といった好意的なコメントや励ましの声が多く寄せられた。こうした混入生物はチリメンモンスター(チリモン)と呼ばれ積極的に探す愛好家たちもいるほど。

 プロ相手の卸と一般客向けの小売りは勝手が違い、各店はまだ手探り状態だと阿部さんは言う。

「みんな利益率の設定が低すぎるような気がします。うちではちりめんじゃこを1パック100円で売っていますが、お客さんから『こんな値段で大丈夫?』と言われたり、外から文句を言われたこともあります。でも卸だから正直に値段をつけるとどうしても安くなっちゃう」(阿部さん)

 阿部水産の専門はふぐ。築地魚河岸はディープな専門性を持った店が集まっている点が面白い。マグロの白子や心臓などレアな部位を取り揃えている店があるかと思えば、ミンククジラやイワシクジラなど、各種クジラの刺し身を並べる店もある。昔ながらの製法でタコをゆでる場内唯一の専門店から、ミシュランの星を持つ飲食店の御用達店まで。まさに「魚のワンダーランド」。店員の持つ知識の厚みに圧倒されるのも楽しい。

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