「『もしもテロが人々の心のよりどころとなる文化財や芸術を破壊しても、クローン文化財はそれをよみがえらせることができる』と訴えました。また、身近で見たり、触ったり、よりリアルな鑑賞体験が得られることもお伝えしました。メルケル独首相からは『大変感動した』との言葉をいただき、オバマ前米大統領は『触っていいのですか』と驚いていました」(同)

 これをきっかけに、同12月、アラブ首長国連邦・アブダビで行われた、「紛争地域における文化遺産保護のための国際会議」に参加し、今年3月にはオランド前大統領に招かれ、フランス・パリで行われた同様の国際会議の立ち上げに参加している。

●オリジナル超越できる

 オリジナルと見分けがつかないほどの精巧な複製をつくることは、贋作づくりではないのか。宮廻教授の答えは明快だ。
「所有者の正当な依頼なしに、我々が『クローン文化財』を勝手に作ることはありません。クローン文化財は、鑑賞の可能性や自由度を広げ、作品を守り、継承するためのものです」

 クローン文化財制作にあたり、宮廻教授が掲げるテーマに「超越」がある。

 たとえば、浮世絵には、空摺りの技法を取り入れて表面の凹凸を再現するだけではなく、香りをつけた。歌川広重の「大はしあたけの夕立」からは雨が、「浅草田甫酉の町詣」からは藺(い)草が、喜多川歌麿の「名所腰掛八景 ギヤマン」からは白粉が、ほのかに香る。版画の表面をこすれば匂いが湧きたつ。アニメーションの技法を取り入れ、浮世絵の前後の動きを再現した動画も公開した。

 バーミヤンの「天翔る太陽神」では、元の壁画の退色を補正し、剥落した部分を補い、破壊された当時よりも状態のよい壁画を創出した。

 しかし、付加価値をつけてもなお、「複製」=「オリジナルには及ばない」という議論は常についてまわる。だが、東京大学名誉教授で山梨県立美術館館長の青柳正規さんは言う。

「確かにクローン文化財はオリジナルあってのものです。しかし、たとえば、ルーブル美術館の『モナリザ』は、防弾ガラスで表面が覆われ、会場は鑑賞客で常に混雑しています。至近距離で作品と向き合い、筆遣いや質感を確かめ、時に作品に触れることもかなうのであれば、オリジナル以上の情報量を鑑賞者に与えることができます」

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