宮廻教授は、クローン文化財は「複製はもちろん、縮小や拡大、立体化も可能」と語る。

 東京芸大の企画展示「study of BABEL」の入り口には、「バベルの塔」の原寸に近いクローン文化財(高精細複製画)のほか、約32倍に拡大した立体模型がそびえ立つ。二次元の作品から3Dモデルを作製、それをもとに芸大の研究室が作製したものだ。塔内部には液晶モニターを設け、働く人々を動画で映し出す。来場者の顔写真を撮影して人影に合成する遊び心もある。

 宮廻教授の研究領域は、日本画の保存と修復。「クローン文化財」誕生のきっかけは、宮廻教授が日本画の「うつし」というプロセスにそれまでタブー視されてきたデジタル技術の導入を試みたことだった。デジタル技術を用いれば精度は上がり、制作時間も短縮される。

「ただし、デジタル技術だけでは、実物の質感までは再現できず、単なるコピーに終わってしまう。デジタルとアナログを融合させ、両者の欠点を補い合えば、新しい価値を創造できるのではと考えたのです」(同)

●破壊された壁画を復元

 記念すべきクローン文化財の第1号は、法隆寺金堂壁画だ。1949年に火災で焼損した壁画を原寸大で焼損前の状態に復元して2014年4月に公開、反響を呼んだ。

「失われた文化財を修復し、復元するという意味でも、時間をさかのぼり以前の状態を再現するという意味でも、価値ある試みでした」(同)

 翌年4月には、アメリカ・ボストン美術館が所蔵する浮世絵、スポルディング・コレクションを実寸105%の大きさで再現、公開した。16年には、01年に反政府勢力タリバーンによって破壊されたアフガニスタン・バーミヤンの東大仏の天井壁画「天翔る太陽神」を復元。内戦で国外へ流出した、バーミヤン石窟の壁画の仏座像の原状を再現した「触れる文化財」と、欠損部を想定で補った復元をあわせて展示している。

 同年5月に開かれたG7伊勢志摩サミットは、クローン文化財にとって、大きな転換点となった。「天翔る太陽神」と「法隆寺金堂壁画」を展示し、各国首脳の前で宮廻教授が講演を行ったのだ。

次のページ