「パリ、ウィーン、ミラノ、ニューヨークと、いろいろな都市で踊ってきましたが、日本ほど特別な関係を結べた国はありません。観客の舞台に対するリスペクトがどこよりも強いことを、ずっと感じ続けています」

●アートで変えられるか

 この4月に夏のガラ公演の記者発表で来日した時は、多忙の合間を縫って、10代の少年たちに特別レッスンも行った。そこから13歳の奥田志温(しおん)くんが、ウィーン国立バレエ団付属のバレエ学校にスカウトされるという、シンデレラボーイ物語も誕生した。

「基本的に、仕事が好きなんです。バカンスで観光地に行っても、2日で飽きてしまう。3日目には、ああ、仕事に戻りたいって」

 笑いながらも、語り口は常に穏やかで真摯(しんし)。それでも、フランス大統領選に話が及んだときは顔をしかめた。

「世界はどこに向かっているのか……。アートで何かを変えられる時代ではなくなっている気がします。だからこそ、あえて騒ぎの外側にいよう、バレエに集中しよう、と意識しています」

 世界は不穏でも、“グラン・エトワール”の存在感を、私たちは当分楽しめそうだ。

(ジャーナリスト・清野由美)

AERA 2017年5月29日