「僕らは10年後、全然違う会社になっていると思います。でも、黒板屋がやっているからこそ意義があるので、『歴史がある黒板の会社』というのは、なくしてはいけないと思っています」(坂和さん)

 海外市場への展開という大きな可能性も見えてきた。無名だった若者は、アプリを活用したことで、今や黒板界の救世主となったのだ。

 菓子メーカーも、アプリで市場を広げようとしている。キーワードは“海外”だ。江崎グリコ(大阪)は、今年8月に菓子でプログラミングが学べる「グリコード」をリリースした。プログラミングとは、コンピューターに“命令”を与えること。「自分が指示した通りにキャラクターが動く」という原理を、菓子を使って遊ぶ感覚で子どもが学べるアプリだ。

●海外から予想外の反響

 例えば、ポッキーのチョコレートの部分を右にすると「右にうごく」。ビスコを縦に置くと「1マス上にあがる」。菓子の置き方で「命令」(=コード)し、並べた菓子をカメラで読みとって、キャラクターを動かすゲームだ。

 菓子業界は、黒板業界ほどではないものの、画期的で新しい商品が生まれにくく、差別化が難しいといわれている。ロングセラー商品も、認知度だけでは購買力につながらない。

 マーケティング本部の玉井博久さん(36)は、既存の商品にデジタルテクノロジーをプラスして、新しい顧客を生み出せないかと考えた。

「なじみのあるお菓子で新しい体験を提供したいと思い、プログラミングを学ぶアプリを開発することになりました」

 なぜグリコがプログラミングなのか──。社内の疑問を解決するのが難しかったと玉井さんは振り返る。3カ月かけてその意義を説明、最終的には社長に直談判し、社内の了承を得た。

 思わぬ反応があった。海外からの「グリコード」のホームページへのアクセス数が、アプリのリリース3週間で数万に跳ね上がったのだ。通常の100倍以上だった。内訳は、日本3割に対し、米国3割、カナダ1.5割、韓国1.5割など、海外が7割を占めた。急いで英語版サイトも作成したほどだ。世界各国のウェブメディアでもニュース記事として掲載された。国内需要だけにとどまらず海外からの需要も旺盛であることが分かった。アプリの英語版のバージョンアップも視野に入れており、世界規模のユーザー獲得を目指している。

 総務省の情報通信審議会によると、11年時点で日本のIT人材は103万人。先進的な米国(330万人)、中国(201万人)、インド(181万人)と比較すると質・量ともに人材不足となっている。今後10年間で、最大200万人にまで倍増することを目指している。

●アプリ売上100億超え

 アプリで世界的に知名度が広がれば、既存商品の市場拡大につながる可能性が出てくる。

 タクシー会社も負けていない。日本交通のアプリ「全国タクシー」では、タクシーの配車、予約がスマートに「注文」できる。現在240万ダウンロード、アプリ経由での売り上げは100億円を超える。

 今年8月31日には、Android版で操作ボタンの位置を変えるなどして操作性を高めるフルリニューアルをした。担当エンジニアの金高恩(キム・ゴオン)さん(39)と岩田和宏さん(37)は昨年中途入社し、アプリの開発に当たる。

 同社グループのJapanTaxiは、アプリの開発エンジニアの採用を積極的に行っている。採用担当者は500通以上の書類選考をし、130人と面接を行い、エンジニアを3倍以上に増やした。

 IT業界では一般的な「友達採用」制度も採り入れた。ネット大手のミクシィやドワンゴなどでアプリを開発してきた経験者を積極的に採用している。

 日本交通は、今年8月30日からプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(以下、P&G)と共同で「ファブタク」サービスを約1カ月間実施中だ。ファブタクとは、車用ファブリーズを搭載したニオイ対策済みタクシー。全国1万3500台で展開中だ。期間中はアプリのタクシーアイコンにファブタクのマークが出現する。つまり、“臭くない”タクシーを探すことができるのだ。

 車内のニオイ対策は、日本交通が長年取り組んできた課題だった。P&Gもまた、商品の認知度を上げる方法を模索していたところ、両社のニーズが合致した。車用ファブリーズの開発にも携わったP&Gアジア ホームケア ヴァイスプレジデントの伊東正明さん(44)が言う。

「ニオイのしない車内で快適に過ごしていただけたら」 

●GPSデータは「金脈」

 タクシー会社は、GPSでタクシーの位置情報を30秒ごとに取得している。ビッグデータから「お客様を高確率で拾える場所」を予測するシステム作りを現在行っている。また、全国タクシーの位置情報から、乗客の行き先と関連する広告の配信なども可能になった。

「アプリ内の世界で完結せず、リアルにタクシーを動かし、インフラを変えていける。それを『金脈』と思うエンジニアが集まってきています」(岩田さん)

(編集部・小野ヒデコ)

AERA 2016年9月19日号