●現代の点滴代わり

 世界を旅した小泉さんによれば、やはり日本にかなう発酵大国はないという。たくあんやいぶりがっこなど、大根の漬物だけで70種を超え、イカやカツオ、めふんなど塩辛類も豊富。鮒ずしなどの熟(な)れずしも魚を保存する必要のない沖縄以外全国に存在していたという。

 小泉さんは言う。

「中国には23回行っていますけど、あれだけ大きな国なのに発酵食品は日本の半分あるかないか。海に接する面積の割合が小さく、塩が貴重だったからでしょう。搾菜(ザーサイ)は一般的ですが、あとは雲南省西双版納(シーサンパンナ)に納豆や漬物が結構あるぐらいですね。中国の塩湖からメコン川を下った地域は多様な発酵食品文化があって、カンボジアの山中には川魚の熟れずしがあるし、ミャンマーの発酵トウガラシ、エビを原料にした発酵調味料のガピなどおいしいものがたくさんありますよ」

 日本では、アミノ酸とブドウ糖の塊である発酵食品は、江戸時代には健康増進に用いられていた。「夏」の季語である甘酒は、現代の点滴代わりとして夏バテ回復に飲まれた。滋養強壮のためには豆腐の味噌汁の中にひきわり納豆を溶いて入れ、油揚げを山盛りにして朝晩食したという。

 そんな日本の究極の発酵食品とは何か。それが石川県の郷土料理、フグの卵巣のぬか漬けだ。青酸カリの1千倍ともいわれる猛毒テトロドトキシンを、塩漬け1年、ぬか漬け4年で解毒したこの食べ物が、小泉さんは大好きだ。

「美味しいですよ。あぶってパラパラとご飯にかけてお茶漬けにするのが一番好きだな。ぬか味噌の中には1グラムに2億匹も乳酸菌がいて、これが卵巣の表面の穴から潜り込んでビッシリ増殖する。乳酸菌はテトロドトキシンをエネルギーとして取り込んで、二酸化炭素と水とアンモニアを分解して生きている。分解が進むと無毒になる。すごいでしょ」

(編集部・大平誠)

AERA 2016年7月25日号