●「今」に必死で「将来」は手薄に

 紙幣を刷る権限を握る中央銀行が政府の借金を直接引き受けることは「財政ファイナンス」と呼ばれ、まともな国では禁じ手とされる。国民が嫌がる増税をせずに政府が支出を増やせるため歯止めがきかなくなり、通貨の価値が下がって激しいインフレを招きかねないからだ。日銀は国債を金融機関から間接的に買っているとはいえ、買い占め状態に近づく現状は財政ファイナンスとそう変わらない。

「今の暮らしを良くするか、将来に備えるか。経済政策にはこんなトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず、という関係)が成り立ちます。安倍政権は『今』に最大限注力する一方で、『将来』が手薄になっている。これが最大の問題だと思います」(池尾氏)

 消費が一向に盛り上がらないのは、そんな危うさに少なからぬ人が気付いていることも一因だ。そうした見方は経済専門家の間で広く共有されている。

「消費税の増税が延期されたので、車は今のうちに買ってしまおうかと思っています」

 パートで働く主婦(33)はこう話す。昨年買った都内の一戸建てに、IT企業の正社員の夫と1歳の長女と住む。子どもを連れて出かけるのに便利なマイカーはいずれ買う予定だった。

「増税が先延ばしになったからといって、新しく大きな買い物をする気にはなりませんね。この先、娘の教育費もかかるし、年金はほぼもらえないと思ってお金をためてます」

●残された選択肢はみなで痛みを共有

 結局、成長戦略で経済規模を地道に大きくしていくしかないが、企業間の競争促進やもうからないビジネスの淘汰につながるため、既得権を失う層の抵抗が強く、過去の政権でもなかなか進まなかった。

「安倍政権のもとで電力小売り全面自由化といった一定の成果が出ていることは確かです。しかし、成長戦略の効果が出るまでにはそもそも数年単位の時間がかかる。もっとスピーディーで強力な取り組みが必要です」(日本総研の湯元健治副理事長)

 安倍政権が異次元緩和と財政出動に頼って成長戦略をおざなりにした間に、日本経済は抜き差しならない状況に陥った。財政再建のめどが立たない今、異次元緩和を急にやめれば、日銀という超大口の買い手を失う国債の価格が急落して金利が急騰し、経済が大混乱しかねない。

 それでも軌道修正の余地はまだある。一部の経済専門家の間でささやかれる「ベストシナリオ」は次のような内容だ。

 日銀は国債の買い増しをやめるが、保有分は塩漬けする。政府も社会保障費抑制や増税によって財政再建の姿勢を示す。そうして何とか金利上昇を抑え込み、物価上昇率も1ケタ台にとどめて国の借金負担を少しずつ減らしていく。インフレでお金の価値が下がれば、過去につくった借金の価値も減る。極端なレベルではないが、収入の伸びを上回るインフレに耐えながら、お金持ちも貧しい人も等しくツケを支払っていく──。

 異次元緩和と財政出動の泥沼から抜け出そうとすれば、痛みは避けられない。しかし、痛みを怖がって手を打たなければ、いずれ金利と物価の急上昇が避けられなくなり、より深刻な事態を招きかねない。

 どちらを選ぶか。子どもや、これから生まれる将来世代に選択権はない。決められるのは今を生きる有権者だけだ。(編集部・庄司将晃)

AERA  2016年7月4日号